訪問日:令和7年5月4日(日)
出 発:近江鉄道「八日市駅」
到 着:JR「河瀬駅」
「湖東三山」。これは山ではなく琵琶湖の東方「鈴鹿山地」の西麓に佇む3つの天台寺院のことです。一番南の「百済寺」から「金剛輪寺」「西明寺」と北上します。そして湖東三山は関西でも紅葉の名所として知られたところ。紅葉の時期には近寄れません。しかしモミジは秋の紅葉も素晴らしいですが「青モミジ」と呼ばれる初夏の新緑も素晴らしいですよ。初夏とは立夏(5月5日)から梅雨入りの6月初旬ころまでを言うそうですが、そこそこ標高の高いわが町でもすでに青モミジの見ごろを迎えているので、ゴールデンウィーク後半の今日、初夏の湖東を歩いてみました。有名な観光地ですので給水・トイレには困らないでしょう。ただ交通の便は悪いですよ。
「大阪駅」からJR東海道本線に乗り「近江八幡駅」まで約1時間(1520円)。ここで近江鉄道に乗り換えます。同一駅舎内なのですが近江鉄道は交通系カードが使えません。券売機で切符を買い、何と改札は駅員さんが検札する有人改札です。午前8時42分発のローカル私鉄線に乗り換えます。

約20分(460円)で「八日市駅」に到着。車窓からの眺めですがレトロで魅力的な町でしたよ。そして鉄道駅の出発点はここなのですが、駅前から午前9時10分発の「ちょこっとバス」という東近江市のコミュニティバス北周り線に乗ります。

約20分(200円)で「百済寺本町バス停」に到着。ここが「歩紀」のスタートです。歩数計をリセットして午前9時35分。今日もニコニコ元気に出発です。ここは「滋賀県東近江市」。

今日の野里町歩紀です。

バス停南側の交差点には「百済寺」の石標。「くだら」ではなく「ひゃくさい」と読みます。

狭い道ですが県道229号線を山に向かって進みます。

5分ほどで右に「下馬」の石碑。奥に神社があるようです。

やはり滋賀県には「日吉神社」が多いですね。これからお寺参りをするのですが、ここで今日一日の安全を祈願しましょう。

お参りを終えさらに県道を進みます。辺りは鬱蒼としてきました。

「引接寺」という天台寺院の前を過ぎるともう青モミジは始まっています。「いんじょうじ」と読むそうです。

100mほどで正面に朱色の門が見えてきました。本堂とともに慶安3(1650)年に建てられた百済寺の山門である「総門」です。朱塗りであることから通称「赤門」と呼ばれています。くぐりましょう。なお赤門の左側には駐車場へと続く車道が走っています。(午前9時50分)

青モミジは見ごろです。

門をくぐったすぐ左には延暦寺と法華宗が対立した「天文法華の乱」という戦乱に出陣した僧兵の供養塔が建ちます。

その先には「極楽橋」。しめ縄の掛かった大きな杉の木は百済寺が「織田信長」から侵攻を受けた際、杉の葉まで弓矢になって応戦したと伝わることから「矢杉」と呼ばれています。

途中小さな川を渡りますが、この橋は6枚の石が縦に並べられていることから「六枚橋」と言うそうです。

橋を渡れば「表参道」の石段が続きます。立派な石垣ですね。百済寺の参道が湖東三山の中で一番長いそうですよ。


やがて左に駐車場が現われました。参道は続きますが入山するため駐車場に入り受付へ向かいます。なおここまでバスや車で来ることができます。駐車場には売店があります。

駐車場の上にある通用門から入り、受付で入山料600円を納めます。(午前10時)

通用門をくぐった先には「喜見院」と呼ばれる本坊が建ち美しい庭園があります。

美しいです。

庭園越しに本坊を望みます。

「遠望台」という展望台からは本坊越しに比叡山や琵琶湖が望めます。

表参道に合流し石段を上ります。

その先には「仁王門」。寺の守護神である金剛力士はワラジを仁王門脇に脱いで立ったまま休んだという言い伝えから大きなワラジが掛けられています。参拝客が通過する際に健脚祈願のため触れて行くそうですよ。もちろん私も触れました。

仁王門をくぐれば「弁天堂」のとなりに「観音杉」。樹齢430年と言われる滋賀県下最大の樹木です。

最後に石段を上り切れば正面に「本堂」。本尊である「十一面観音立像」が安置されています。室町時代に建てられたものが火災・兵火で焼失。その後、元亀4(1573)年の織田信長による焼き討ちで全山焼失しましたが、江戸時代の慶安3(1650)年に再建され平成16年、国の重要文化財に指定されました。かつての本堂は裏の山手にあったそうです。

百済寺は正式名を「釈迦山百済寺」と言い推古天皇の時代に聖徳太子により創建されたと伝わる1400年の歴史を有する古刹です。古代朝鮮の百済系渡来人の氏寺として創建されたと考えられ、比叡山延暦寺の創建により天台宗寺院になりました。

本堂の右手には「三所権現社」。その奥の高台には、かつてあった五重塔の礎石が残っています。

本堂の左には樹齢推定1000年と言われる「千年菩提樹」。信長の焼き討ちにより焼損しましたが、その後、根部から再生したそうですよ。執念ですね。

その向かいには「鐘楼」。初代は信長の焼き討ちにより持ち去られ、二代目は戦時中の金属供出。この梵鐘は昭和30年鋳造の三代目です。

そのまま進み表参道ではなく「なだら坂」という石段のない脇参道で戻ります。

青空と青モミジ。日本人は「青々とした山」「青信号」のように「緑」を「青」と表現することが多いようですね。

「弥勒菩薩半跏思惟像」を過ぎれば表参道に合流します。

石段を下り本坊の表門をくぐれば、受付があった通用門に続きます。

駐車場から境内を後にして、次の目的地へと向かいます。(午前10時30分)

百済寺駐車場を出発すればやがて小さな集落に出ます。

その後、田園地帯を抜け「坂本神社」を過ぎれば名神高速道路をくぐって右へ曲がります。

麦畑の真ん中を進みます。

湖東三山を結ぶ道が「自然歩道」として整備されています。分岐点ごとにこのような案内標識があるので助かります。

山が笑っていますね。この後、名神高速道路をくぐります。

標識に従い左へ。再度、名神高速道路をくぐります。

ローソンがある国道307号線に出ました。グーグルマップでは最短距離が表示されたのですが、標識に従って自然歩道に入ったため随分遠回りをしてしまいました。ローソン先の分岐で右に入り集落に入りましょう。(午前11時37分)

すぐに自然歩道の標識が現れます。

教専寺というお寺の前で左へ。

地図を頼りに名神高速道路を再度くぐれば大きな駐車場に出ました。「金剛輪寺」の駐車場です。

駐車場前には「総門」。寛政6(1794)年に建立され、ここは「黒門」と呼ぶようです。受付で入山料800円を納め境内へ。「こんごうりんじ」と読みます。(午前11時55分)

突き当りには「西谷堂」。天明元(1781)年の建立。阿弥陀如来をお祀りします。

振り返れば青モミジのトンネル。

順路に従って進めば「赤門」。本坊である「明壽院」への通用門ですが今は使われていません。

そして時間は。私の腹時計はいつも正確です。

ちょっと進めば「豆の木茶屋」という食堂がありました。さっきから「後ろの人の空気がまったく読めない」夫婦がずっと前を歩いていたのでちょうど良い。昼食にしましょう。

「僧兵うどん」(税込960円)をいただきました。野菜天ぷらに生卵と薄揚げ。炭水化物の固まりなのでパワーがつきそうです。

さあ食事を終え午後0時25分出発です。茶屋の正面には明壽院への正門である「白門」がありました。入ってみましょう。

阿弥陀如来を本尊とする本坊明壽院。昭和53年に再建されました。

本坊裏には「名勝庭園」があります。桃山時代から江戸時代中期にかけて造園されたそうです。

ここも美しいですね。

江戸時代に建立された「護摩堂」や「茶室」があります。

本坊の襖・障子越しに青モミジを望みます。

白門まで戻れば、ここから本堂への参道が続きます。そして参道には1000体の地蔵が並び「千体地蔵」と呼ばれています。

左右にお地蔵さんを見ながら参道を進みましょう。

途中で自動車道と交わります。参道を歩くことが困難な人は、受付で申し出れば本堂前の駐車場まで車で行けるそうですよ。

参道を上りつめれば「二天門」に到着です。いわゆる仁王門なのでしょうか。百済寺同様、大きなワラジが掛けられていました。国の重要文化財に指定されています。

二天門をくぐれば正面に「本堂」。鎌倉時代末期、弘安11(1288)年に建立され「大悲閣」とも呼ばれ国宝に指定されています。「元寇」の戦勝記念として建てられたそうです。すごい歴史だな。金剛輪寺は正式名を「松峯山金剛輪寺」といい、奈良時代中期、聖武天皇の勅願により行基が開いたと伝わる1200年以上の歴史を有する古刹です。平安時代初めに比叡山から慈覚大師が来山し天台寺院になりました。

本堂の奥には「三重塔」。国の重要文化財です。

別名「待龍塔」とも呼ばれ、古文書によると本堂より40年ほど前に建立されました。この辺りは秋になれば「血染めの紅葉」と呼ばれるそうです。

金剛輪寺には迂回路はありません。下り目線で「青モミジ」や「千体地蔵」を楽しみながら来た道を戻ります。


受付まで戻りました。今日は町立博物館が無料で入館できるようです。ここは「愛荘(あいしょう)町」というようですね。

館内の写真撮影はできませんでしたが、テラスから望む庭園が素晴らしかったですよ。

総門まで戻りました。次の目的地に向かい総門前の道を右に進みます。(午後1時13分)

途中、自然歩道の標識は右を案内していましたが、このコースでは西明寺の総門を通らず、途中から境内に入ってしまうようなので、あえて真っ直ぐ進みました。

しばらく進んで名神高速道路をくぐり「金剛輪寺交差点」を右折します。車ではこのルートで来るようですね。

この道は国道307号線で「近江グリーンロード」とも呼ばれていますが、途中まで歩道がないうえ結構大型車両が通るので注意して歩きましょう。

「甲良(こうら)町」に入ってやっと歩道が現れました。

名神高速道路に沿って進み近江牛レストランを過ぎれば左に駐車場が。「西明寺」の駐車場です。

その向かいには西明寺の「総門」が建ちます。門をくぐれば受付がありますが、この時季は閉鎖されています。ただ出入りはできます。(午後1時44分)

受付を過ぎ案内表示に従って左に入れば、そこには「不断桜」という木がありました。9月上旬に咲き始め11月に満開を迎えるという高山性のサクラだそうです。樹齢250年で天然記念物に指定されています。

この時季、ここは人が通らないので青モミジ「独り占め」です。「モミジ」は漢字では「紅葉」と書くように秋の紅葉(こうよう)をイメージします。そのため今回はあえてモミジと表記しました。

鬱蒼とした参道を進めば右に「観正坊」。この辺りも青モミジがきれいです。なお、このルートは11月になれば規制され歩くことができないそうです。

西明寺は苔もきれいですね。

石段を上れば受付が。ここで入山料800円を納めます。先ほどの自然歩道を歩けば、ここに到着するようです。

受付前には本坊への入口。

ここにも「蓬莱庭」という江戸時代初期に造園された庭園があります。

ここも美しいですね。

先ほどの入口に戻り左へ進みましょう。階段を上ればここも「二天門」。室町時代に建立された国の重要文化財で、やはり大きなワラジがあります。門の手前にあるのは「夫婦杉」。

守護神である金剛力士像が睨みを効かせます。

そして正面には「本堂」。鎌倉時代初期の建立で釘は1本も使われていません。国宝指定の第1号だそうです。

本堂の右には「三重塔」。鎌倉時代後期の建立で、これも釘が使われていません。国宝です。

茶色だけなのに美しいですね。

二天門前から国宝のツーショット。西明(さいみょう)寺は正式には「龍應山西明寺」。承和元(834)年、仁明天皇の勅願により開創。1200年近い歴史を有する古刹です。

三重塔前には「鐘楼」。ここは「開運の鐘」として自由(1回100円)に突けるようです。

鐘楼の前から階段のない「やさしい坂」で境内を後にします。途中「鬼瓦」。湖東は瓦の産地でしたね。去年、琵琶湖一周歩紀をした時にもたくさんの瓦屋さんがありました。

青モミジの見納めです。

「十一面観音像」。もうゴールです。

受付横の駐車場には「愛のりタクシーこうら」というコミュニティバスのようなタクシー(わが町にもあります)乗り場。ここが「歩紀」のゴールです。午後2時40分到着。

本日の歩紀「22600歩」(15.36km)。「湖東三山」巡りを終え帰路につきます。それぞれ40~90mほどの高低差があったでしょうか。西明寺からは一般の公共交通機関はありません。1時間前に電話予約した「愛のりタクシー」で午後3時、西明寺駐車場を出発します。

タクシーは約15分(800円)でJR「河瀬駅」に到着。ここが鉄道駅でのゴールです。午後3時41分の電車に乗ります。ここから大阪駅まで約1時間30分(1690円)。今日のひとり打ち上げはどこでしようかな。

ということでやって来たのは、JR大阪駅のガード下「新梅田食道街」1階にある「しおや本店」。

「よりみちセット」(税込1300円)で「かんぱ~い」。青モミジに癒さた1日でした。
