私は大阪府の北の端、豊能郡「豊能町」というところに住んでいます。先日ちょっと所用があり、町まで出かけました。往きは最寄りの駅まで歩きましたが、距離は1kmちょっと、時間的には15分ほどです。さらにずっと下り坂です。何ていうことはありません。良い運動です。そして帰りは一つ手前の駅で下車し、駅前から自宅近くの停留所までバスに乗ろうと思ったのですが、何と平日の昼間時間帯だったため、次のバスまで1時間半ほど待たなければなりません。ということで最寄り駅まで進み、歩いて帰ることにしました。

しかし、帰路はちょうど真昼。体感では40℃近い気温です。影もないうえ、ずっと上り坂です。仕方ないので極力汗をかかないように、足元を見ながらゆっくりゆっくりと歩きました。すると普段であれば見過ごすような、あるいは踏みつけて通り過ぎるような「制水弁」というものが目に入りました。そしてそこには「東能勢村」という文字が刻まれています。

豊能町は、昭和52(1977)年、町制が施行されるまで「東能勢村」と呼ばれ、南河内郡の千早赤阪村と並んで大阪府下に残る「村」のひとつでした。「消火栓」にも東能勢村の文字が。この通りだけでも結構残っています。50年ほど前からあるんですね。全国的に耳にする「インフラの老朽化」を実感する一日でした。
