新米のころ2歳年上の先輩と私は独身だったので、仕事が終われば毎日のように酒好きの上司から誘われました。「一杯行くで~」
時には「ちょっと仕事が残ってますんで」といって時間をずらすのですが、駅までの途中にあるバス停で「バス逃しても~た」といって待っているのです。当時流行していた曲から私たちは「まちぶせ」と呼んでいました。
「♪ 夕暮れの 街角・・・ ♪」
厳しい上司でしたが、決して酒癖は悪くありません。説教されることもなく、いつも笑いながら機嫌よく飲んでいます。二次会にも行きません。次の日もグダグダ言いません。ただ当然割り勘なのですが、いつも「割り勘勝ち」されていたと思います。
お店は毎回決まっていました。当時は「国鉄」と呼ばれたJR大阪環状線と近鉄電車が十字に交差する「鶴橋ガード下」。「うをさ」というお寿司をメインとした上司の行きつけの店でした。「ガード下」といっても店自体はガードの下ではなく、写真の右に見える鉄骨が環状線「鶴橋駅」のガードで、この一角が鶴橋ガード下と呼ばれていたのです。近鉄から南はいわゆる「コリアンタウン」&「焼肉特区」。この店は大衆飲み屋街である北側にありました。今もあります。そこで先輩と1年ぶりに再会です。

たぶん日本一短い廻る寿司屋さんです。知らんけど。大阪弁で「たぶん」は主語。「知らんけど」は述語。間の言葉はどうでも良いのです。

まずは冷たい生ビールと枝豆で「乾杯~」。

「かにクリームコロッケ」と「なんこつの唐揚げ」。

一品料理の値段設定はこんな感じです。いわゆる「昭和の居酒屋」なのですが、ご多分に漏れず店員さんは「流暢な日本語」を話します。

酒は進みます。「揚げ物」が多いので、舌はどんどん回ります。仕事のこと。同僚のこと。車のこと。恋愛のこと…。

「角ハイボール」に変わっても昔話に花が咲きます。いろんなことがありました。今は笑って話せますが。おそらく心の中は「血」と「汗」と「涙」です。

最後はお寿司。さすがお寿司屋さん。廻らず「桶」に入って出てきました。

もうその上司は亡くなりましたが、私と先輩は毎年1回この店で「うをさの会」と称して一杯飲んでいます。上司を偲んで。ふたりとも当時の上司の歳はとおに過ぎています。