小学校で働いていると「おはようございます」と同じくらい「さようなら」と挨拶をします。
ただ、これまでの人生を振り返ると「おはようございます」は結構使いましたが、「さようなら」という挨拶は、あまり使った記憶がありません。よほど改まった別れの場面でもない限り、普通は「お先に失礼します」「ご苦労様でした」「お疲れ様でした」。場合によっては「じゃ」「バイバイ」です。
世界中で別れの際に交わされる言葉には、大きく3つのパターンがあるそうです。英語の「good-bye」は「God be with ye」。「神とともに」。神が複数形でないのは唯一神の「イエス・キリスト」だからでしょうか。そして中国語の「再見」のような「また逢いましょう」系。英語でも「See you」って言いますね。また韓国語の「アンニョンヒ ケセヨ(お気をつけて)」のような安否を気遣うものなど。そんな中で日本語の「さようなら」はどれにも属さないそうです。
「さようなら」は「左様であるならば」が語源だそうです。接続語を別れの言葉にしているのは、世界でも珍しいそうですね。
「ここでお別れです」
「そうなの。左様であるならば…」「さようなら」
的な意味だそうです。
「good-bye」。あの私、仏教徒なんですけど。
お葬式でご遺体に「再見」。えっ、どこで会うの。
刑務所の面会で「アンニョンヒ ケセヨ」。気をつけるも何ももう捕まってるよ。
そんな中で「さようなら」は接続語であるが故、別れる前後がどのような状態であれ、使用できる合理的な言葉ですね。自分の意思を伝えるのではなく、相手を思いやる曖昧な日本語らしい、そしてとても美しい言葉だと思います。そんな「さようなら」を毎日使えることに幸せを感じています。