
私はこの「ホームタウン事業」やSNSにより喧伝・拡散されたということについては、何も申し上げることはありません。
注目すべきは最後の5行目「外国人観光客の迷惑行為も相俟って本当らしさを身にまとった」という一文。その前の「実在する事業という<ほんと>に支えられ」の意味が良くわからないのですが、おそらくこれまでは「国・民族によって文化は様々であり、自国の文化を一方的に押し付けていては、真の国際化は達成できない」というのが、オールドメディアの論調であったように思います。そういう意味でこの記事は、あの迷惑行為が単なる文化の違いなんかではなかったということをオールドメディアが認めた「歴史的」な一瞬だったのかもしれません。では「文化の違い」というのは「うそ」だったのでしょうか。ここで前から9行目に戻ります。「うそが手に負えなくなるのは、世の中がうそをうそと認識できなくなる場合だろう」。本当のうそつきは誰なのでしょう。
私の勘違いかも知れません。ご判断は皆さんにお任せします。