日 時:令和7年10月4日(土) 午後5時開宴
場 所:東京都中央区銀座8-2 すし土風炉銀座コリドー街店
思い出の地である武蔵野「玉川上水」を歩いた後、いよいよ当時の同僚たちと懇親会です。まず、東京に来るまでの道のりです。10月3日(金)の夕方、職場を定時で退出して一旦帰宅。食事とシャワーを済ませた後、阪急電車「大阪梅田駅」下にある「阪急三番街バスターミナル」へ。私を東京まで運んでくれるのは午後11時発の「京王バス9302便」です。

3列独立シート、カーテンによる個室化、コンセント付。最近の高速バスはゆったりとしていますね。そして何とすぐ右側がトイレ。毎晩トイレのために目を覚ます私にとっては助かります。右側がトイレのため実質2列シート。運賃は10000円です。

車内では睡眠に専念するため飲食(酒)やスマホいじりはしません。「おやすみなさい。また明日」。
ZZZ……
「おはうようございます」。4~5人の方がトイレを利用した際、物音で目が覚めましたが、私自身はトイレには行きませんでした。首都高速渋滞のため定刻より約30分遅れの翌午前7時25分、東京新宿の「バスタ新宿バスターミナル」に到着しました。

バスターミナルはJR「新宿駅南口」にあります。懐かしいな。研修とはいえ東京で2年間、学生生活を送ったようなものですから。いろいろな思い出が詰まっている都市です。

今日は土曜日なので出勤ラッシュはありません。どこかで「モーニング」でも食べましょう。しかし東京・大阪・名古屋それぞれ食文化が違います。おそらくですが、モーニングに対する概念も微妙に異なるのでしょう。結局モーニングにはありつけませんでした。ということで新宿駅から「玉川上水駅」まで行き、駅前のコンビニで腹ごしらえをした後「歩紀」の開始です。
トボトボ、モグモグそしてテクテク……
歩紀を終え、ひと風呂浴びた後、ちょっと余裕を持って午後4時30分、懇親会場所である「すし土風炉銀座コリドー街店」に着きました。JRのガード下ですが、店舗名になるくらいですからコリドー街というのは、ひとつの「遊び」スポットなんでしょうね。幹事は東京と千葉在住の同僚がしてくれました。北海道の蕎麦が売りのようだったので「土風炉(とふろ)」ってアイヌ語の当て字かなと思っていましたが、茶道用語のようですね。

同僚は、北は北海道から南は宮崎県にまで散らばる25人ですが、残念ながら2人は亡くなり、4人は退職後音信不通です。今日は同僚15人と来賓として当時の上司を招き、まずは物故者への黙とうを捧げた後、世話役の発声で「乾杯」です。世話役は退職後、勤務地の埼玉から青森に帰郷したそうです。

北は北海道、西は長崎県からの参加です。

およそ40年ぶりに会う人もいます。

時間は150分飲み放題。良心的な時間設定ですね。

元上司を除き最高齢者は70歳。

まったく面影のない者もいます。名前を聞くまでわかりませんでした。

みんなよく食べよく飲みます。そしてよくしゃべります。各地のお国訛りが飛び交います。

みんな若かったのでいろんな思い出があります。

〆の「幌加内蕎麦」です。第1回目の懇親会は、現役中の40年ほど前。私が幹事をして大阪で開催されました。みんな若かったです。今回は第2回目です。そして次回は。結局「みんなが集まれるのもあと5~6年。毎年開催し、参加できるものだけ参加しよう」ということになりました。場所は名古屋です。

話は尽きないのですが、午後7時30分「お開き」の時間となりました。元上司の激励の言葉と締めの乾杯です。元上司も「喜寿」だそうです。

店の前でたむろし、別れを惜しむとともに来年の再会を約束しています。この後、自宅に帰る者や宿を取っている者。私は東京駅を午後11時に出発する高速バスで帰ります。3時間ほど時間があるので、酔い覚ましがてら夜の東京駅周辺をブラブラしましょう。

まずは「銀ブラ」。銀座駅がある「銀座四丁目交差点」まで戻ります。北角には「セイコーハウス時計塔」。

三越の角には「ライオン像」。待ち合わせ場所になっているそうです。

対角線上の空白地。看板の絵を見ると子どものころに見たプロレス中継のオープニングで使われていた「三菱電機」は、ここにあったビルだったのでしょうか。

セイコーハウス時計塔を右に見ながら進めば「数寄屋橋」。バブルの頃は華やかだったんでしょうね。大阪十三でさえ、海外の富裕層がビデオカメラを片手に「サカエマチ商店街」のネオンを撮影に来ていましたから。何だったんでしょうね。あの時代って。

首都高速をくぐれば、ここには「阪急百貨店」があるんですね。

レトロなJRガード下をくぐります。

右はJR「有楽町駅」。

ちょっと左に入れば「ゴジラ像」。ここは「日比谷ゴジラスクエア」というそうです。君は随分とこの街を破壊しましたね。まあ世界一わがままな国が、先に君たちの棲み家を水爆実験で破壊したのですが。

道を戻りまっすぐ進めば、ちょっと暗くなります。右が「皇居」左が「日比谷公園」です。雨で道路が反射している分、ちょっと明るいですかね。

振り返れば堀の向こうに「第一生命館」。かつての占領軍(GHQ)司令部です。アメリカ軍は戦後このビルを司令部にするため、わざわざ空襲の標的から外したそうですね。

今は「DNタワー21」とともに再開発されているそうです。

その先には「法務省旧本館」。赤煉瓦の建物なのでライトアップされれば美しいでしょうね。

警視庁前の桜田門はライトアップされていましたが、閉門されているので祝田橋まで戻り「皇居前広場」に行きましょう。

夜の「二重橋」。夜景モードで撮影しているので明け方のように写っていますが、実際は真っ暗です。「江戸東京たてもの園」の説明にもありましたが、石橋には6基の飾電燈があるんですね。その内、2基だけ点灯していました。奥の鉄橋は工事中なのでしょうか、白いカバーで覆われていますが真っ暗で気づきませんでした。

東京駅方面です。

「行幸通り」から皇居を後にすれば「東京駅」。この写真も夜景モードです。

ライトアップではありませんが、照明で照らされている丸の内北口から駅構内に入りましょう。

駅舎北側のドームです。

巨大な駅舎を抜ければ「八重洲口」。高速バスターミナルは、この「東京ミッドタウン八重洲」の地下2階にあります。

時間は午後10時15分。思い出の地の歩紀、レトロな銭湯、飲み会、ナイトウォークと早朝から深夜まで丸一日たっぷりと東京を堪能しました。私ってタフでしょ。再び東京に来ることがあるでしょうか。それとも「見納め」でしょうか。

私を大阪まで連れ戻してくれるのは「京成バス0001便」。何と帰路もトイレ横の2列シート。運賃は10200円です。

歩紀、バス旅の疲れと酒のおかげでしょうか。一度も目が覚めることなく翌午前6時30分、「阪急三番街バスターミナル」に到着。「車中泊弾丸ツアー」でした。運転手さん「安全運転、ありがとうございました」。次の開催地は名古屋なので新幹線での日帰りでしょうね。何人集まれるかな?東京で食いはぐれた「モーニング」を食べた後、帰路につきます。
