野里町歩紀

月1回のペースで大阪近郊の「野」「里」「町」を歩きます。そして合間にちょっと気になったことや世情について思いつくままつぶやきます。ただ論争は好みません。

かつての淀川「中津川跡」を歩く4~右岸を十三まで~

訪問日:令和7年11月24日(月)

 淀川を渡り約2分(160円)で、次の「姫島駅」に着きました。駅の改札は一番北側です。改札を出て右へ。「阪急オアシス」の先をすぐに右折して、南(淀川方向)に戻ります。

 

 「昭和(レトロ)な」喫茶店があったので、撮影しておきました。


 自転車置き場を過ぎて、さらに進めば家一軒分の幅で、細い道が2本ありました。この間の細長い敷地が、右岸堤防跡のようです。どちらでも良いです。左に入りましょう。私は、手前の道に入りました。


 堤防の幅は、家一軒分です。この細長さが、堤防跡であるということを物語っていますね。


 ここにも「昭和な」町工場。


 この細い道は350mほどで姫島通に合流するので、すぐ右に見える「野里交差点」で国道2号線を渡り左折しましょう。


 「こゝは西淀川区野里二丁目一番一〇号です」と彫られた石柱が立つ路地を右へ。ここは、「野里本町商店街」というアーケード商店街の入口だったのですが、もうなくなってしまったようです。向こうのお好み焼き屋さんもアーケード内にあったお店なのですが。


 古い酒屋さんや和菓子屋さんがある「昭和の商店街」だったのですが、今は単なる路地。しかし、この道が右岸堤防跡なのです。


 前方に鳥居が見えてきました。以前は、この鳥居の前までアーケードだったのですが。そして、この神社は「野里住吉神社」。永徳2(1382)年、足利義満の創建と伝わります。(午後1時18分)


 鳥居をくぐってすぐ右に「野里の渡し」碑。大阪と尼崎を結ぶ「大和田街道」の渡しで、神社の少し北側にあったそうです。


 神社の西側には旧家。以前、西淀川区を歩いた時にもありました。まだ残っているんですね。


 そして、この神社も右岸堤防跡に建つのです。神社東側の石垣が、右岸堤防跡といわれています。堤防跡を北に進みましょう。


 神社北東の鳥居脇には、石垣を寄進した人の石碑が立っていました。その姓からもここに堤防があったことを窺わせますね。


 この建物も「昭和」ですね。


 うっかりすると通り過ぎてしまいますが、狭い道を進みポストのある四つ辻で振り返れば、「槲の橋・野里の渡し跡」碑が。ここに野里の渡しがあり、明治に入って淀川が開削され中津川が廃川となるまで、槲の橋という有料の木橋が架かっていたそうです。さらに北へ進みます。


 右岸堤防跡は「野里1交差点」で淀川通を渡ります。すぐ右には西淀川歌島郵便局。この郵便局も堤防の真上に建ちます。


 結構「昭和」が残っていますよ。


 真っ直ぐ進めば阪神高速池田線の高架に出るのでくぐり、すぐに右に曲がります。


 緑地帯を過ぎ、左をのぞき込めばJRのガードが見えるので、左折してガードをくぐりましょう。(午後1時40分)


 ガードをくぐれば淀川区に戻りました。そのまま真っ直ぐ進めば、次の信号で分離帯のある大きな道に変わりました。


 周りの区画整理など無視して大きく弧を描く道は、右岸堤防跡に間違いないでしょう。


 やっぱり共同墓地があるんですね。


 墓地の先にあるスクランブル交差点で道は3つに分かれるので、真ん中の広い道に進みます。(午後1時49分)


 川のように蛇行しながら道は進み、「176バイパス」に突き当たります。間もなくゴールです。


 突き当りを右へ。角に「十三公園」があります。午前中に南側を通過しました。つまりこの公園のある場所は、かつては川底だったんですね。左に曲がりバイパスの高架をくぐります。(午後2時1分)


 ひとつ目の四つ辻を右折すれば、突き当りに「グランドサロン十三」。昭和の老舗キャバレーで、映画「国宝」のロケ地にもなったそうですよ。


 ここを左折。次の「ドンキ」の角を右に曲がれば、淀川通に出るので左へ。今朝、通過したイナロクの「新北野交差点」に出ました。今、直角に4回曲がりましたが、おそらくこのコースの真下を右岸堤防が走っていたはずです。


 新北野交差点を渡って左へ。午後2時13分、今朝、出発した阪急「十三駅(西口)」に戻ってきました。今里屋九兵衛の出店は、写真の「鳴門鯛焼本舗」の手前にありましたよ。改札口の真ん前でしょ。


 本日の歩紀「17873歩」(12.15km)。前回、前々回の旧大和川に続き、今回も河川跡を歩きました。「萌え」とは、機械などのモノや坂道のような状態など、本来無機質な物に対して、ペットや花のような愛らしさを感じることを指すそうですね。どうも私は河川跡に「萌え」を感じるようです。次回も河川跡を歩きます。よろしければ、お付き合いください。


 今日歩いたコースをグーグルマップでたどれば、かつての淀川である「中津川」の川筋がくっきりと浮かび上がりました。そして、新淀川と呼ばれた「淀川」と大川と呼ばれた「旧淀川」の位置関係が良くわかりますね。


 今日のコースのうち「西淀川区」部分は、

 

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で歩いています。