訪問日:令和8年1月6日(火)
出 発:大阪モノレール「南摂津駅」
到 着:阪神電車「千船駅」
こんにちは。「河川跡萌え」の野里町歩紀です。今回の河川跡は「神崎川」です。ほぼ現在の神崎川に沿って歩くのですが、微妙にそれて今も残る河川跡を辿りたいと思います。そして今回もお世話になるのが、国土地理院「明治期の低湿地データ」。しっかりと神崎川跡が描かれていました。ブログへの貼り付けは著作権の関係があるので…。ただパソコンでもスマホでも簡単に閲覧できるので、ご覧になってみてください。
「神崎川」。大阪府摂津市で「淀川」と分かれ、北摂山系を水源とする「安威川」「猪名川」と合流しながら大阪市北部を流れた後、大阪湾に注ぐ全長21kmの一級河川です。左岸・右岸を2回に分けて歩きますが、第1回目は「左岸」。市街地なので給水・トイレには困りません。令和8年「初歩紀」。私はまだ冬休み中です。
今日のスタートは、大阪モノレール「南摂津駅」。大阪駅から約40分(540円)。「大阪中央環状線」を陸橋で渡って4号出口へ。午前9時20分。今日もニコニコ出発です。ここは大阪府摂津市。

駐輪場先で車止めのある路地を右に入ります。浄水場に突き当たれば左へ。「井路(いじ)」と呼ばれる、かつての農業用水路沿いに南へ歩きます。

小学校を過ぎれば三叉路に突き当たりました。右に鳥居が見えますが、こちら側は裏口。表に回りましょう。左に見える路地に入り、「淀川」の大きな堤防に突き当たれば右折します。すぐ右に「味生神社」が鎮座します。「あじう」と読みます。

御祭神は、「天照大神」「素盞男命」「八幡大神」。今日一日の安全を祈願します。「鳥居萌え」でも「神社萌え」でもありません。これは、私の流儀なのです。

以前、摂津市を歩いた時にも訪れました。鳥居の左横にはレトロな木造建築。「旧一津屋公会堂」。現在は、摂津市の集会所(公民館)として使われています。私は、ほぼ大阪府下全域を歩いているのでどうしてもダブりますが、テーマが違うのでご勘弁を。

鳥居の向かって右には「宮ノ下渡し跡」。淀川の渡し舟跡のようです。戦国時代から昭和29年まで現役だったそうですよ。ただ今日の主役は神崎川。そのまま堤防に沿って歩きます。路側帯が狭いので注意して歩きます。

「一津屋2丁目交差点」で信号を渡りましょう。そこは「神崎川緑地」。緑地の端っこに「旧神崎川分岐点跡」。「続日本紀」に桓武天皇の時代である延暦4(785)年、淀川の北を流れる安威川に向け、神崎川を開削したと記載されています。西日本って文化的には、東日本と1000年ほどの時代差があるんですよ。当時の川筋は、「ダイキン」という大手空調機メーカーの工場になっています。今回は約1100年を経た、明治11(1878)年に開削された旧神崎川に沿って歩きます。

堤防から見える災害用ヘリポートの間にある施設が、淀川の水を神崎川に引く「一津屋樋門」。ここは、かつての摂津国一津屋です。

すぐ後ろのスロープを下り「桶門」の神崎川側へ。ここが神崎川の「源流」です。樋門を越えたところからは大阪市「東淀川区」。この後、「淀川区」「西淀川区」と歩きます。(午前9時55分)

一旦、淀川の堤防まで戻り取水場横の府道に出ましょう。この道が旧神崎川左岸堤防跡なのですが、すぐ下を走る「なにわ自転車道」という遊歩道に下りてみましょう。

モズでしょうか。モズであれば「大阪府の鳥」です。

こちらはカモ?実は、私は鳥の名前はほとんど知らないのです。ただ鳥が普通にいる環境が大好きです。

なお神崎川沿いは、河口付近まで「なにわ自転車道」になっています。このまま歩けば、単なる「なにわ自転車道歩紀」になってしまうので、旧河川跡を求め度々堤防から外れて町中を歩くことになります。

東海道新幹線と西江口橋をくぐれば、右から「番田井路(ばんだいじ)」が流れ込んできます。

次の阪急京都線の鉄橋をくぐったところの先で、右から「安威川」が合流してきます。先ほどの案内板には、「淀川から安威川に向け開削された」と書かれていました。しかし、明らかに川幅の狭い神崎川が本流となって大阪湾まで流れるんですね。

当時の合流地点はかなりの川幅だったらしく、堤防跡は南北に大きく張り出していました。そのため安威川との合流地点手前である阪急電車をくぐった先の階段から堤防上に上がり「なにわ自転車道」とお別れ。すぐ先の路地を南に入ります。阪急の線路沿いに歩けば右に「共同墓地」。堤防跡に間違いありません。(午前10時32分)

墓地横にあるセブンイレブンの角を右へ。この細い道が堤防跡なのですが、かつてこのすぐ右側には小さな水路が流れており、現在の神崎川と挟まれた中州になっていました。その町は「御旅町」と呼ばれ、現在は大阪府吹田市の飛び地になっています。

高層マンションを過ぎれば「内環状線」と呼ばれる大きな道路に合流。すぐ先には歩道橋がかかる複雑な五差路「上新庄交差点」。ここを南北に貫く細い道は「亀岡街道」です。(続く)
