野里町歩紀

月1回のペースで大阪近郊の「野」「里」「町」を歩きます。そして合間にちょっと気になったことや世情について思いつくままつぶやきます。ただ論争は好みません。

旧神崎川左岸を歩く3~「十八条」から「能勢街道」まで~

訪問日:令和8年1月6日(火)

 十八条東公園を過ぎれば右に入る路地があります。この細い道が堤防跡。興味のない人にとっては何でもない住宅街ですが、私は「萌え」ています。

 

 府道を渡れば、お約束の「共同墓地」がありました。墓地を左に見ながら進みます。

 

 その先の大きなカーブ右にパチンコ屋さんがあります。良い時間じゃないですか。

 

 私はギャンブルはしませんが、ここには「かつら」というお食事処があるのです。

 

 「チーズハンバーグ定食」(税込950円)で昼食にします。付近には町工場がたくさんあり、大きな駐車場もあるのでギャンブラー以外のお客さんも結構いますよ。

 

 食事を終え午後0時5分再出発です。パチンコ屋さんの向かいには「十八条中央公園」。野球場や公衆トイレがあります。

 

 工場や高層マンションを過ぎれば、堤防跡は大きく左にカーブします。

 

 そしてカーブの突き当りで直角に右折するのですが、そこにある小さな四つ辻を見れば2m近い高低差があります。堤防跡なんですね。

 

 カーブを曲がり一つ目の坂道を左に入りましょう。広い道に出たところのマンション角に「たかすはし」「高須橋」と刻まれた石碑が立っていました。(午後0時18分)

 

 目の前の広い道は「新淀川」の開削によって水量が減った神崎川を補うため、明治時代になって掘られた「中島用水」の跡です。ちょっと寄り道。横断歩道で旧高須橋を渡りましょう。

 

 電柱に貼られた管理票には、字(あざ)クラスの旧地名が付されていることがよくあります。こんなところに「高須」の名が残っていました。

 

 高須橋を渡った先には、立派な旧家がありました。この辺りは、かつて蓮根畑が開けていたそうです。庄屋跡でしょうか。現在、改修工事中のようです。

 

 旧家の西隣には「自敬寺」という黄檗宗のお寺が。山門横には「不許葷酒入門内」。酒気を帯びたり、なま物を食べたものは境内に入れないという意味だそうです。

 

 お寺の先にある新しい家が並んだ五角形の一画。航空写真で見ればよくわかります。

 

 ここには、「旧渡辺邸」という大阪市内最古の庄屋宅があったそうですが、残念ながら取り壊されました。詳しくは最寄りの大阪メトロ東三国駅構内に「十八条村・蒲田村郷土史研究会」が設けたパネル展示コーナーがあります。

 

 ここは大阪国際空港への着陸コース。車輪を出して着陸態勢に入った大型機を、真下から見上げることができます。

 

 中島用水跡まで戻れば正面に「淀川労働基準監督署」。監督署の裏が堤防跡ですが、駐車場へのスロープに接した住宅を見ると、高低差があることがわかりますね。

 

 堤防跡に戻りさらに進めば、左にレトロなアパート。やはり高低差があります。

 

 そのまま進み、ちょっと坂を上れば神崎川と合流。右に「三国橋」が見えました。橋を渡るのは「能勢街道」です。(続く)