野里町歩紀

月1回のペースで大阪近郊の「野」「里」「町」を歩きます。そして合間にちょっと気になったことや世情について思いつくままつぶやきます。ただ論争は好みません。

能勢森上「岐尼神社」

訪問日:令和8年1月28日(水)

 先日、大阪府最北端の商店街、スーパーを求めて訪ねた「能勢町森上」。その際に訪れた神社仏閣を紹介します。今回は「岐尼神社」。「きね」と読みます。

 

 森上商店街のすぐ北側に鎮座します。昭和40年建立の社号標。式内社です。

 

 境内に入って左側に由緒があります。

 

 社記によれば延暦元(782)年創祀。織田信澄の乱入により焼失後、慶長10(1605)年に再建、享保12(1727)年に修復されたそうです。

 

 本殿は、一段高くなった石垣の上に。

 

 手水鉢の前には「郷社」と刻まれた明治21年建立の社号標。

 

 その手水鉢には「享保15年戌4月」の刻字。修復後からあるのですね。

 

 結構広い拝所です。主祭神は「瓊瓊杵尊ニニギノミコト)」。

 

 これは日本書紀での神名。古事記に記された神名は「天邇岐志国邇岐志天津日高日子番能邇邇芸命」という長い名。高天原から高千穂に降臨した、いわゆる「天孫」です。

 

 摂社として石垣の右端に「恵美寿大神」。向こう側にも社がありますな。

 

 その上に「住吉神社」。

 

 本殿右奥には「稲荷神社」。

 

 案内板によれば、この奥に宮内省御歌所の寄人も勤めた高名な歌人「阪正臣」の歌碑が建つということですが見当たりません。

 

 説明板に書かれた場所や、写真では背景にフェンスが写っているので、この辺りでしょうか。

 

 拝所前からの眺め。春秋の大祭では屋台も並ぶようです。神社を後にします。

 

 先ほど通り過ぎた「西能勢郵便局」西側の坂を上がれば「能勢町立西中学校校門跡」。平成28年3月、東中学校との統合により廃校となりました。

 

 かつてこの裏山に「森上城」という中世の山城があり、山中には堀切や土塁などの遺構が残ります。中学校跡に居館があったそうです。日本の田舎。どこも素晴らしいですね。