長年愛読してきた新聞をネット情報の台頭と定年退職による収入減を理由に定期購読を止め、その後、年金満額受給とセールスマンの兄ちゃんへの応援歌のため再講読したという話は、以前紹介しました。
新聞は、朝・夕刊セットが当たり前という感覚で購読していましたが、そんな中「夕刊」は、前日の朝刊と翌日の朝刊を継ぎ剥ぎしただけで、まったく読むところがないということもつぶやきました。
ネットに比べ、圧倒的に古い情報しかない新聞でも、特色ある地方面や各紙工夫した連載物、社会を反映する折り込み広告などメリット面もある朝刊。一方、一面を除いては、広告と夜が早い高齢者には不要な「テレビ・ラジオ面」しかない夕刊には、まったくメリットが見出されませんでした。
ということで夕刊を止めました。と言うのではありません。
何と。あれほど積極的に勧誘していた販売店の方から「夕刊は、読むところがないでしょ。止めませんか。」と声を掛けられたのです。こちらは「え~っ、良いの?」ってな感じです。おそらく夕刊の値打ちがボーダーを下回ったのでしょう。つまり一人でも購読者がいれば配達員を雇わなければいけませんが、夕刊購読料よりも人件費の方が上回ったんでしょうね。と言うことで夕刊とはお別れです。「夕刊紙」という言葉もありますが、スポーツとギャンブル、成人誌を合わせたようなもの。必要ありません。
新聞を読まなくなった若い世代では、「夕刊って駅の売店で買うんじゃないの?」。「夕刊」死語になるのでしょうか。