野里町歩紀

月1回のペースで大阪近郊の「野」「里」「町」を歩きます。そして合間にちょっと気になったことや世情について思いつくままつぶやきます。ただ論争は好みません。

旧神崎川右岸を歩く4~「菰江」を過ぎ吹田へ~

訪問日:令和8年2月23日(月)天皇誕生日

 神洲橋北詰から先ほどの阪急神戸線ガードまで戻ります。堤防跡はガードをくぐって続きます。この広い市道が堤防跡です。

 

 「神州町交差点」で二つに分かれます。左の道を進みましょう。

 

 しばらく歩けば「稜威天王社」という扁額が掛かった鳥居が立ちます。「御稜威(みいつ)」とは天皇の威光を意味する神道用語ですね。

 

 狭い境内に建てられた由緒を読むと別称「菰江(こもえ)村社」。鎌倉時代に創建され、応神天皇をお祀りするそうです。

 

 その先の「菰江交差点」で国道176号線を渡ります。この交差点は、新御堂筋への抜け道になっており、常時右折車両で渋滞するので、いつも避けていました。

 

 176を渡れば左にはエディオン。1階にはスーパーマーケットの「LIFE(ライフ)」が入っています。良い時間じゃないですか。

 

 ここには、イートインスペースがあるのです。私にとってはレストラン。昼食にしましょう。

 

 今日の昼食は「助六寿司」と「どん兵衛」(合わせて税込590円)。グルメ・食レポとは無縁の「歩紀ニスト」は、休憩・食事時間も最小限。ひたすら歩きます。

 

 午後0時25分再出発。エディオン前の阪急宝塚線ガード付近で、神洲交差点で分かれた市道は合流します。中洲でもあったのでしょうか。

 

 阪急宝塚線ガードの手前を左に曲がり、阪急ガードとエディオンの間の狭い道を進みます。突き当り右のアンダーパスでガードをくぐり、路地を抜ければ「天竺川」の堤防に出るので左折。

 

 「道田(どうでん)小橋」で天竺川を渡るのですが、完全に天井川ですね。

 

 真っ直ぐ進んで突き当りを左へ。このクネクネ道と高低差。堤防跡に間違いないでしょう。

 

 やがて菰江交差点から続く市道と合流するので、歩道橋で反対側に渡ります。

 

 市道を進めば、ちょっとレトロな「豊中南警察署豊南交番」。その先のセブンイレブンがある「豊南町東4南交差点」を右に曲がります。

 

 道路の高さは2階です。堤防跡に間違いないですね。

 

 立派な旧家が見えてくれば、その手前に「目疣橋」と刻まれた橋柱と石の欄干跡。

 

 ちょっと右へ戻りましょう。現在の神崎川と合流。堤防上には「旧跡目いぼの渡し」碑。明治末頃まで渡し舟があり、船頭の右目上に大きなイボがあったことから、こう呼ばれるようになったそうです。(午後0時43分)

 

 すぐ先にある「豊吹小橋」で「高川」を渡ります。この川も天井川ですね。橋の名前からもわかるように大阪府吹田市に入ります。ここから旧堤防跡は、工場の敷地内に入るので、引き続き現在の神崎川に沿って歩きましょう。

 

 向かい岸には、左岸を歩いた時に昼食のため立ち寄ったパチンコ屋さんが見えました。飛行機も高度が低いですね。

 

 ここは、災害時に物資を搬入する緊急船着場になっています。(続く)