訪問日:令和8年2月23日(月)天皇誕生日
神崎川に沿って進み「五反田小橋」で小さな井路を渡ります。その先で神崎川堤防から外れ、先ほど渡った井路に沿って新御堂筋に向かって歩きます。

新御堂筋をくぐれば、左に「下新田橋」という小さな橋があるのですが、ここで旧堤防跡と合流です。右に曲がりましょう。

この道が旧堤防跡です。

右に市立体育館などがある大きな公園が見えてきました。東端に「五反島公園」の表石。ちょっと公園に入ってみましょう。(午後1時2分)

公園グランド横に「五反島遺跡」の説明板。昭和61年の発掘調査で、平安時代の神崎川堤防が発見されたそうです。1000年以上前から、ここを神崎川が流れていたのですね。

元の堤防跡に戻り、さらに進みます。何でもない道ですが堤防跡です。「萌え」ています。

途中、右から道が合流してくるので曲がりましょう。

この何でもない住宅街も堤防跡です。

大きなお屋敷に突き当たれば右へ。この道も旧堤防跡です。

道なりに進みます。次の信号の突き当りに人道用のアンダーパスがありますが、その先の車道用アンダーパスをくぐります。この道が堤防跡です。上を走るのはJR東海道線とおおさか東線。

アンダーパスをくぐれば道は左に大きくカーブするのですが、真っ直ぐ進み右の大きな工場前から狭い道に入ります。

この狭い道が堤防跡です。

小さなお社と祠がありました。堤防跡の名残でしょうか。

川のように蛇行しながら進みます。

古いアパートを一棟丸ごとリノベーション。良いことだと思います。

やがて一方通行路と合流すれば右へ。「南吹田くるくる第2遊園」という公園の先にらせん状の歩道がありますが、それを見ながら「新大吹橋(府道)」をくぐります。

続いてJRおおさか東線をくぐり、ちょこっと右へ進むのですが、その先で堤防跡は道が阻まれます。かつて貨物線だったおおさか東線の廃線跡です。仕方ありません。左に曲がりましょう。

一つ目の角を右に曲がり、ガードで廃線跡をくぐります。

廃線跡をくぐってすぐに右へ。突き当りが堤防跡です。左に曲がります。

少し歩けば左には「大竹稲荷社」。工場や資材置き場が並ぶ何でもない所ですが、堤防跡なので神社があるのでしょうね。

途中から道は広くなり、その先には阪急千里線の踏切が。上を高架線が走ります。

踏切を渡れば、右に「中の島公園」。野球場やテニスコート、トイレなどがある大きな公園です。明治期のデータでは、かつてこの辺りに大きな中州がありました。だから「中の島」というのでしょうか。(午後1時38分)

公園を過ぎてどんどん堤防跡を進めば「吹田内本町3丁目交差点」で国道479号線を渡ります。国道を渡れば左側は何となく高低差があり、堤防跡の雰囲気を残していますね。

少し歩けば左に「大の木神社」。ここには神崎川に面して藤原實氏公の別荘である「吹田殿」がありました。朽ちた御神木は樹齢700年を越えるそうです。河畔だったんですね。

今は「泉殿宮御旅所」になっています。

川沿いの名残でしょうか。地名は、結構昔の地形や気象状況を引き継いでいます。

その先で二又に出るので右折。やはり堤防跡ですね。フェンスの奥は「共同墓地」。

墓地向かいの小さな公園は「泪之池遊園」。

何でもない子どもの遊び場ですが、こういうことのようです。

その先のタバコ屋さんがある四つ辻を右に曲がりましょう。この道は左岸編でも歩いた「亀岡街道」。大きなお屋敷は「生島商店」。お酒屋さんです。(続く)
