野里町歩紀

月1回のペースで大阪近郊の「野」「里」「町」を歩きます。そして合間にちょっと気になったことや世情について思いつくままつぶやきます。ただ論争は好みません。

「豊能町立東ときわ台小学校閉校イベント」

 大阪府豊能郡豊能町の小中学校統廃合に伴い、本年3月末をもって、わが町の「東ときわ台小学校」が44年間の歴史に幕を閉じます。

 

 2月28日(土)、先日にもお伝えしたように「豊能町立東ときわ台小学校閉校イベント」が開催されたので、長女・次女ファミリーと一緒に行ってきました。

 

 私は、もちろん卒業生ではありません。次女は卒業生ですが、長女は私が東京で3年間勤務していた時に、東京の小学校に転校・卒業しています。ということで「卒業生」「元在校生」「元保護者」の立場での見学です。受付では長蛇の列が。左から2人目の人は、反対側を向いているでしょ。校舎内から外まで二重三重に行列が続いています。この町で、これだけ多くの人を見たのは初めてです。

 

 町を離れた卒業生のために、広い運動場は駐車場として開放されています。あちらこちらの家の前にも車が。実家を訪ねてきたのでしょう。そして、そこから学校までの道は、通学路です。

 

 講堂での開会セレモニーと卒業生であるピアニスト「関本昌平」氏の記念演奏は、写真撮影が禁止でした。

 

 開会セレモニーで在校生全員による合唱がありましたが、統廃合されるだけあって講堂のステージに1年生から6年生までの全児童が並んでいます。そして「思い出のアルバム~東と小バージョン」を歌っています。                                           「♪ 春のことです 思い出してごらん… ♪」

 

 子どもたちは「土曜授業」扱いなのでしょうか、全員ランドセルを背負って登校しています。ランドセルには「クマ鈴」。そんな地域です。

 

 卒業生たちは、当時の校舎を懐かしんでいるのでしょう。

 

 この学校も高度成長期に造成されたニュータウンのため、かつては多くの児童が通っていたようです。

 

 ほころび始めた梅の向こうにはプール。

 

 誰もが眺めた、お馴染みの風景。

 

 運動場の向こうは深い谷。

 

 学び舎。自分の通った学校ではないですが、母校がなくなるのは寂しいですね。私の母校は、逆にベビーブームによるマンモス化で分離。校名と校歌は変わりましたが、かろうじて校舎は残りました。

 

 バス停の名前は、どうなるのでしょうか。

 

 歴史は、「とよの西学園」へと引き継がれます。「さようなら」