野里町歩紀

月1回のペースで大阪近郊の「野」「里」「町」を歩きます。そして合間にちょっと気になったことや世情について思いつくままつぶやきます。ただ論争は好みません。

「大阪四大緑地」を訪ねる~服部緑地5「若竹町歩紀」~

訪問日:令和8年5月5日(火)

 もう一度地図を思い出してください。高川の緑道からもう一つの川「天竺川」の緑道に行くには、町を抜けなければならないのです。「若竹町」というのですが、ちょっと良い感じの町ですよ。

 

 高架をくぐり、さらに上って高架と合流する手前を左へ入ります。旧家が見えてきました。(午後1時36分)

 

 正直言って道に迷っています。

 

 ただ、先々で旧家と出会います。

 

 古い集落ですね。

 

 この辺りで地図と合致しました。

 

 畑も残ります。

 

 ネギ坊主と小さな農具置き。

 

 小さなため池も。下には逃げていくカメが4匹。

 

 ずっと西へ進み、突き当りを右へ。

 

 その先には、自治会館と消防団庫。すぐ左には地蔵堂も。

 

 ここでUターン。振り返ればこんな風景だったんですね。前ばかり見て歩いていると素晴らしい風景を見落としますね。

 

 突き当たれば左へ。東に戻るような感じで進みます。きれいな新興住宅地を抜けます。

 

 地図を頼りに進んで行けば「住吉神社」の看板。入りましょう。

 

 「若宮住吉神社」。

 

 当社ホームページによれば、天平時代行基により開基された「石蓮寺」が平清盛に攻められ、その境内跡地に「水分神社」が祀られたのが始まりだそうです。

 

 三韓征伐から凱旋した神功皇后が「住吉大神」を祀ったのが「卯年・卯月・卯日」であったことから、「兎」は住吉大神の使いとされ、神功皇后と縁のある一部の住吉神社には「うさぎ像」が残ります。

 

 ここにもかわいいうさぎ像が。「なでうさぎ」というそうです。

 

 参拝を終え、神社前の「北条小学校東交差点」を右へ。豊中市立北条小学校に沿って西へ戻ります。

 

 次の「北条町2交差点」を右に曲がり、突き当りを左へ。正面には「若竹西公園」という児童公園が。公園前を北に進みます。

 

 ちょっとした上り坂を進めば右にも旧家が。ここを左折します。

 

 この立派な蔵を過ぎれば左へ。

 

 次の角にも蔵のある旧家が。その前には、たくさんの石仏。

 

 その向かいには「愛宕神社」。

 

 神社右の路地を進めば「興法寺」。山門横の碑文を読めば、源経基の子孫である源道悟という武士が親鸞聖人に教化され、天福・文暦年間(13世紀初め)に建立されたそうです。

 

 山門をくぐれば鐘楼。

 

 立派な本堂ですが、シャッターが下りている光景は初めて見ました。

 

 山門を背にして南へ。突き当りを右に曲がります。この家もトタンで覆われていますが、茅葺きの旧家のようです。(午後2時7分)

 

 かわいらしい児童公園を左に見ながらカーブを進めば右に「若竹池」。この池も服部緑地の一部なので、後ほど訪れます。(続く)