野里町歩紀

月1回のペースで大阪近郊の「野」「里」「町」を歩きます。そして合間にちょっと気になったことや世情について思いつくままつぶやきます。ただ論争は好みません。

「大阪四大緑地」を訪ねる~服部緑地6「天竺川緑道」と「住吉神社」~

訪問日:令和8年5月5日(火)

 西側を流れる「天竺川緑道」も服部緑地の一部です。市道をくぐり、その先の「西願寺橋」手前を左に曲がります。これより「天竺川左岸」を歩きます。すぐ左は共同墓地です。このコースは、ほとんど共同墓地に沿って歩きます。(午後2時10分)

 

 墓地を過ぎれば左に「北条広場」。春はサクラがきれいです。

 

 共同墓地の先から堤防を下り、一旦、一般道に出ます。右の坂を上れば堤防に戻ってしまうので、ガードレール横の狭い道へ。

 

 この辺りは、和菓子を求めて何回か通り過ぎています。

 

 大きな共同墓地を過ぎれば「天竺川橋」で天竺川を渡りましょう。ちょっと緑道から外れるのですが、すぐ先に神社があるのでお参りします。ローソン前を左へ。

 

 天竺川の右岸堤防を南(左)へ進みます。

 

 右にスロープが見えれば下りましょう。少し歩けば右に鳥居が。社号標には「村社 住吉神社」。

 

 ここから200mほど住宅街の中を参道が続きます。

 

 突き当りには小さな神門。足の神様「服部天神宮」の250mほど東に位置し「服部住吉神社」とも呼ばれています。

 

 社伝に仁平2(1152)年本殿が再建されたとの記載があることから、それ以前に創建されたようです。御祭神は、住吉三神と気長足姫尊(おきながたらしひめのみこと)。つまり神功皇后。

 

 その後、織田信長の荒木村重討伐による兵火や、昭和に入って火災のため焼失。現在の本殿は、昭和36年大阪中之島にあった「豊国神社」が、大阪城内に遷座する際に譲り受けたものだそうです。

 

 境内奥にある「神楽殿」(能舞台)は、明治時代の建築で国の登録有形文化財に登録されています。見学する際は社務所に。

 

 神社の北門から境内を後にします。府道に出て右に曲がれば先ほどの天竺川橋です。橋の手前を左に曲がり天竺川右岸を北に進みます。左には「清水公園」。鯉のぼりが。

 

 大きな共同墓地を過ぎれば、左に「天竺の原っぱ」という公園。ここは、先ほどの「西願寺橋」を渡ったところです。

 

 天竺川の水は、結構きれいですね。

 

 緑道をまっすぐ進めば、自然と公園に入ります。(午後2時43分)

 

 その先には「新蒟蒻(しんこんにゃく)橋」。これは服部緑地への入口です。(続く)