野里町歩紀

月1回のペースで大阪近郊の「野」「里」「町」を歩きます。そして合間にちょっと気になったことや世情について思いつくままつぶやきます。ただ論争は好みません。

石の館「大大阪浪漫」

訪問日:平成22年4月29日(木) ~昭和の日~
出 発:地下鉄「谷町四丁目駅」
到 着:地下鉄「北浜駅」


 大正末期から昭和初期にかけて大阪が「大大阪(だいおおさか)」と呼ばれていた時期があった。そしてそれより以前の明治から多くの西洋風ビルが大阪に建てられた。大部分は第二次世界大戦の空襲で焼かれ、あるいは老朽化により取り壊されてしまったが、いまでも浪速の町に多くの石の館が残りレトロな雰囲気を醸し出している。ルネッサンス風のロマンチックな建物を求めて中之島の南側を歩いてみた。
 給水、トイレには一切困らない。(歩行距離10キロ)


 地下鉄「谷町四丁目」で下車。真上の谷町三丁目交差に上がり大阪城公園方面に向かう。大阪府警察本部前の馬場町交差を左折、一つ目の交差点角に「大阪府庁」が立つ。映画「ブラックレイン」のロケにも使用された。以前、周辺にあった府警本部やNHKは近代的な新庁舎に建て変わってしまった。
   大阪市中央区大手前2-1-22(大正15年)


 谷町筋を越え上町台地の高台から坂を下っていく。阪神高速高麗橋入口の手前に「高麗橋」がある。明治3年にかけられた橋のすぐ横には「里程元標跡」が。大坂から京、紀州、中国方面への起点であった。
   大阪市中央区東高麗橋


 高麗橋を渡って南へ進む。黄土色の洋館が建ち「登録有形文化財」のプレートが掲げられている。表札を見ると「財団法人報国積善會」と書かれていた。
   大阪市中央区瓦町1-2-1(築不明)


 地図を頼りに西へ進んでいく。焦げ茶色の「生駒ビルヂング」前に出る。生駒時計店のビルだ。てっぺんには時計塔がある。
   大阪市中央区平野町2-2-12(昭和5年)


 そのまま西へ真っ直ぐ進む。かつてあった「東京貯蓄銀行大阪支店」は既に取り壊されている。そのまま進むと「小川香料株式会社大阪支店」の建物前に着く。
   大阪市中央区平野町2-5-5(昭和5年)


 南に折れて一つ目の辻を右に。すぐ右側に「船場ビルディング」。
   大阪市中央区淡路町2-5-8(大正14年)


 このビルは外観よりも内部が素晴らしい。4階まで吹き抜けのパティオになっている。


 さらに南へ。2つ目の辻を右折。このコースではおそらく第一級だろう「綿業会館」。現在も社交倶楽部として利用されている。
   大阪市中央区備後町2-5-8(昭和6年)


 大阪空襲でも奇跡的に焼け残ったという。


 西に進み次の辻を右折。2つ目を左折。ビルとビルの間に窮屈そうに「清水猛商店」。
   大阪市中央区淡路町3-5-6(大正12年)


 一歩戻り道を北へ真っ直ぐ。一目見ただけでレトロビルとわかる「芝川ビル」。かつては芝蘭社学園というお嬢様学校だった。
   大阪市中央区伏見町3-3-3(昭和2年)


 西に進み御堂筋を渡る。すぐ南に「大阪瓦斯ビルディング」が。ここのレストランは有名らしい。
   大阪市中央区平野町4-1-2(昭和8年)


 ビルの前には「ガス燈」が灯る。


 瓦斯ビル前を西の方向に進み次の筋を右に曲がる。3つ目の辻の左側に小さなカフェレストランが見える。店の1階と2階の間の壁をよく見てみよう。赤灯が見える。ここは「旧中央消防署今橋出張所」だった。
   大阪市中央区今橋4-5-19(大正14年)


 右斜め前の角にも立派な建物がある。「大阪倶楽部」だ。ここも会員制社交倶楽部として利用されている。
   大阪市中央区4-4-11(大正13年)


 すぐ北には、現在は三井住友銀行と名を変えた「住友銀行大阪支店」。
   大阪市中央区北浜4-6-5(大正11年)


 この辺りは「住友村」と呼ばれている。


 目の前の川は土佐堀川。左方向に「朝日ビルディング」。朝日新聞の大阪本社ビルだ。
   大阪市中央区中之島3-2(昭和6年)


 中之島に渡り堂島川べりを東に進む。ここには素晴らしいレトロビルが並ぶ。大阪市役所や大阪地方裁判所の石造建築は既に取り壊されてしまった。まず「日本銀行大阪支店」。ベルギー国立銀行をモデルに島原藩蔵屋敷跡に建設された。
   大阪市中央区中之島2-1-45(明治36年)


 今は新庁舎になった大阪市役所を過ぎる。そのすぐ北側にある「大阪府中之島図書館」。
   大阪市中央区中之島1-2-10(明治37年)


 さらに「大阪市中央公会堂」。国の重要文化財に指定されている。
   大阪市中央区中之島1-1-27(大正7年)


 中央公会堂南に架かる「栴檀小橋」を渡り土佐堀通りを越えて南へ進む。ここら辺りにもレトロビルが集中する。「旧大阪農工銀行」。
   大阪市中央区今橋3-2-1(昭和4年)


 同じ通りに面して真っ赤な煉瓦の「旧大阪教育生命保険」。現在はカフェレストランが入る。
   大阪市中央区高麗橋2-6-4(明治45年)


 すぐ南隣に「日本基督教団浪花教会」が並ぶ。
   大阪市中央区高麗橋2-6-2(昭和5年)


 教会から南へ1つ目の辻を左折。この辺りは道修町と呼ばれ多くの製薬会社が並ぶ「薬問屋」の町。その一角に武田製薬の「武田道修町ビル」が建つ。
   大阪市中央区道修町2-3-6(昭和3年)


 東に進み1つ目の辻を左折、右角に2つのレトロビルが並ぶ。「伏見ビル」。旅行会社などが入居するテナントビル。
   大阪市中央区伏見町2-2-3(大正12年)


 すぐ東隣には蔦に覆われた「青山ビル」。喫茶店などが入る。
   大阪市中央区伏見町2-2-6(大正10年)


 堺筋に出て左に曲がる。1つ目の交差点。「高麗橋野村ビルヂング」だ。1階にサンマルクカフェがある。
   大阪市中央区高麗橋2-1-2(昭和2年)


 道を隔てて東側に「旧三井銀行大阪支店」。現在は三井住友銀行の支店となっている。
   大阪市中央区高麗橋1-8-13(昭和11年)


 北へ進む。左側に「旧報徳銀行大阪支店(現新井ビル)」。1階に有名な喫茶レストランがあるのですぐわかる。
   大阪市中央区今橋2-1-1(大正11年)


 さらに北へ。土佐堀通りの北浜1丁目交差点に出る。南東角には「大阪証券取引所」。
   大阪市中央区北浜1-8-16(昭和10年)


 大証ビルの真向かいに小さな茶色のレトロビル。「北浜レトロビルヂング」。旧林隆産業、現在はカフェレストランとなっている。
   大阪市中央区北浜1-1-26(明治45年)


 そのまま真っ直ぐ土佐堀通りを東へ進む。今回最後のレトロビル。そして最後を飾るにふさわしいビル。今は調理師専門学校となっている「旧大林組本店ビルディング」だ。中之島公園に渡り土佐堀川越しに北側から望む。
   大阪市中央区北浜6-9(大正15年)

 後ろに見える黒い高層ビルは現在の大林組ビル。なぜ「最後を飾る」にふさわしいのか?実は、今回登場したレトロビルのほとんどが大林組により建設されているのだ。「大林組万歳」


 今回、大大阪の「石の館」を訪ねたが、石の館の他に忘れてはならないのが「石の橋」だ。中之島には多くの石造りの橋が架かる。今回のコースで通った橋も紹介しておこう。まずは「大江橋」。江戸時代に架けられた5つの橋の一つで、御堂筋の拡張とともに昭和10年、現在の姿に架け替えられた。堂島川に架かる。


 中之島を隔てて土佐堀川に架かる「淀屋橋」。大江橋とともに昭和10年に完成した大阪を代表する橋だ。大江橋とともに重要文化財に指定されている。後ろは「大阪市役所」。


 次に「水晶橋」。大江橋の一つ上流、大阪市役所と中之島図書館の間の北側に架かる歩行者専用橋で大江橋淀屋橋より前の昭和4年に完成。夜はライトアップされる。


 最後に「難波橋」。中之島を渡り堂島川土佐堀川に架かる。明治45年に現在の場所に架けられ、大正4年に現在の姿になったとか。


 橋の北詰と南詰にライオンの像があり「ライオン橋」と親しまれている。



 まだ続きます。石だけではありません「木の館」も紹介しましょう。いずれも今回のコースでの通り道にあります。「旧小西儀助商店」。大阪では結構有名な木造建造物です。堺筋沿いにあります。
   大阪市中央区道修町1-6-10(明治36年)


 そして旧大阪農工銀行や日本基督教団浪花教会などのレトロビル群のすぐ近くにも多くの木造建築がある。まずは「適塾」。緒方洪庵の私塾であまりにも有名。
   大阪市中央区北浜3-3-8(寛政4年=いつ頃だろう江戸時代には間違いないと思います)


 そのすぐ近くに「大阪市立愛珠幼稚園」。立派な木造建築物で辺りは「木の香り」がします。門の前には「銅座跡の碑」が立つ。
   大阪市中央区今橋3-1-11(明治34年)


 旧大阪農工銀行のすぐ北側にある「吉田理容所」。木造の小さな散髪屋さん。扉のガラス越しに見える店内もかなりレトロチックです。昭和5年の開業だとか。


 これらの建物は、中之島の南側約700メートル四方に点在します。その他、大阪市西区等にもかなりのレトロビルが残っています。途中にはお洒落なカフェ等もあり、決して神戸や横浜にも負けないと思います。一度歩いて見てはいかがでしょうか。神戸や横浜のように坂道がないので楽ですよ。本日の「歩紀」喫茶店での休憩を入れて3時間30分。