野里町歩紀

月1回のペースで大阪近郊の「野」「里」「町」を歩きます。そして合間にちょっと気になったことや世情について思いつくままつぶやきます。ただ論争は好みません。

陰陽師ゆかりの地「阿倍野」

訪問日:平成22年7月18日(日)
出 発:阪堺電車「北天下茶屋駅
到 着:阪堺電車「住吉公園駅」


 チンチン電車が走る「大阪阿倍野」。ここは陰陽師安倍晴明の生まれた地でもある。陰陽師ゆかりの地から熊野街道を経て、摂津一宮といわれる「住吉大社」まで歩く。
 給水・トイレには困らない。市街地であるが、結構日陰にも恵まれている。(歩行距離13キロ)


 大阪には「阪堺電車」というチンチン電車が走っている(コラム「チンチン電車」「筋を通す」参照)。堺までつながる「阪堺線」と住吉大社までの「上町線」があるが、今日は阪堺線の始発駅「恵美須町駅」から暫しチンチン電車の旅を楽しむ。料金は車内で支払うので駅に切符売り場や改札はない。なお、阪堺電車は、本来「駅」とはいわず「停留所」という。


 チンチン電車ではあるが、この間は路面ではなく専用車線を走る。家の裏軒下を線路は進む。


 車内も結構レトロだ。


 約5分で「北天下茶屋駅」に着く。運賃(200円)はバスのように降りる際、運転手さんの横の料金箱に入れる。地図を頼りに細い路地を東へ進むと木々に囲まれた小高い丘に出る。「聖天山古墳」と呼ばれる15メートルほどの丘で全体が公園になっており、そこに「東寺真言宗正圓寺」がある。付近では「聖天さん」と親しまれている。


 山頂に本堂が建つ。


 この辺りは「阿倍野区松虫」というところで、さらに進むと「あべの筋」という大きな通りに出るが、天王寺駅前から出発した阪堺電車上町線は、松虫駅北側で「路面電車」から専用車線に入る。


 阪堺線は「松虫通」を踏切で横切るが、その踏切の150メートルほど西側に、地名のいわれとなった「松虫塚」がある。法然上人に帰依した後鳥羽院の官女「松虫」が、上人が土佐に流されたのを悲しみ、ここに庵を築いて暮らしたなど、いくつかのいわれがあるらしい。


 踏切を越えて松虫交差手前から「熊野街道」に入る。


 「大阪市阿倍野区晴明通」。安倍晴明そのものだ。


 安倍晴明神社に向かうが、途中、左手にある「阿倍野保名郵便局」。安倍保名とは安倍晴明の父である。


 この辺りは空襲を免れたのか、古い町家が結構残っている。


 100メートルほど歩くと「安倍晴明神社」の前に出る。


 安倍晴明は、父・安倍保名が和泉国「信太の森」で白狐を助け「葛の葉」という美女に姿を変えた白狐と保名の間に、この地で生まれたと言われる。安倍晴明が産湯につかった「産湯井」などが残る。


 以前、野村萬斎が演じた映画「陰陽師」により若い女性を中心として陰陽師ブームが訪れたが、その影響だろうか境内には安倍晴明の像が建てられている。安倍晴明については能勢編「能勢、3つの伝説を訪ねる」、和泉編「浜寺から織物の町、小栗街道を経て信太の森へ」でも触れる。


 安倍晴明神社から50メートルほど南に下ると「阿倍王子神社」に出る。阿倍野という地名の由来には「安倍晴明」にまつわるものや大化の改新時の左大臣であった「阿部氏」の根拠地説などいくつかあり「安倍野」「阿倍野」「阿部野」などの表記が見られる。おもしろいのは行政機関や地下鉄が「あべの」の「べ」に「倍」を使っているが、近鉄は駅や百貨店名に「部」の漢字を使用している。


「蟻の熊野詣」と言われるほど賑わった熊野街道沿いには「熊野の火祭り」で有名な熊野大社までの間「熊野九十九王子」と呼ばれる末社があったそうだが「阿倍王子神社」は大阪市内で唯一現存する王子社である。


 阿部王子神社前の「あべの筋」を渡って右折(南方向)し、200メートルほど進むと左手に「北畠公園」がある。この辺りは、南北朝期に南朝重臣であった「北畠親房」が移り住んできたことから「北畠」という地名になった。この公園に足利尊氏勢に討たれた親房の子「北畠顕家」の墓がある。


 北畠公園から再度「あべの筋」を渡って西に進み阪堺線方面へ出る。この辺りでは阪堺線上町線は、住宅地を走る路面電車となっている。


 こんなところにも「安倍晴明」の名が。「阿部野消防署晴明通出張所」


 こんなところにも。


 阿倍野区は、大阪市を縦断する「上町台地」の中ほどに位置する高台であるため高級感のある街並みが続く。


 そんな中にも古い街並みや坂道も残る。




 阪堺電車上町線上町台地の高台を走るが、阪堺線は台地の裾に沿って走るような感じになっており、坂を下ると阪堺線の「聖天坂駅」付近に出るので駅を越え、さらに西に進むと「天下茶屋公園」に着く。緑豊かな公園の中には「阿部氏」の氏寺と考えられる「阿部寺廃寺」の礎石があり府の有形文化財に指定されている。


 天下茶屋公園の前は紀州街道。街道を南に下っていくと天下茶屋という地名の由来となった「天下茶屋跡」に出る。ここは豊臣秀吉が茶会を催したことから天下茶屋と呼ばれ、江戸時代には紀州藩の屋敷があったといわれる。現在は屋敷の土蔵跡横に「天下茶屋跡」の碑が立つ。


 天下茶屋跡前を東に進むとすぐに紀州街道に出るが、街道を挟んだところに「紹鴎(じょうおう)の森」という森がある。


 天神社があることから「天神の森」と呼ばれ、付近の地名も「天神ノ森」となっている。


 阪堺線「天神ノ森駅」を越え、再度、高台に向かって上る。そこには北畠親房・顕家父子を祀る「阿部野神社」がある。


 明治15年創立の比較的新しい神社であるが、広大な敷地は北畠顕家が足利勢と戦った古戦場跡だと言われている。


 阿部野神社から東に住宅街を抜け阪堺電車上町線沿いまで出る。上町線姫松駅」の待合所はレトロな雰囲気だ。


 この付近は「帝塚山」と呼ばれ大阪でも「高級住宅街」で通っている。高級住宅街のオアシス「万代池公園」。桜の名所であり聖徳太子にまつわる伝説もあるという。


 上町線帝塚山四丁目駅」から路面電車は専用路線へと入る。


 路面電車と分かれ熊野街道を歩く。


 街道沿いだけあって古い家や寺も多い。




 400年以上の伝統を持つという「住乃江味噌」の老舗「池田屋本舗」が見えると住吉大社も近い。


 池田屋本舗から西に進めば住吉大社の裏手から境内に入れるのだが、私は神社を参拝するときは、遠回りをしてでも必ず正面から鳥居をくぐってお参りすることにしている。
 内環状線に出てそのまま西進し、阪堺線の踏切を越えて右折する。途中で阪堺線路面電車と合流するので線路に沿って歩く。100メートルほどで「住吉大社」の正面に出る。


 大鳥居をくぐり太鼓橋を渡って手水舎で身を清め境内に進む。


 住吉大社は摂津一宮であるとともに全国住吉神社の総本社。伊弉諾尊が禊祓いされたときに誕生したといわれる住吉三神神功皇后をお祀りする海上の守護神である。


 本殿は国宝に指定されている。住吉大社は大都市「大阪」にあることから毎年正月三が日の初詣者数ランキングの上位に選ばれる。


 参拝を終え元来た方向に戻る。完全路面電車阪堺電車阪堺線と専用路線を走る上町線。そして高架を走る南海本線の3つの鉄道を挟んで住吉公園がある。住吉大社と同じくらいの大きな公園で、公園を抜けたところに日本最古の灯台といわれる鎌倉時代に建てられた「高灯籠」があったところに高灯籠資料館がある。昔は、このあたりまで海だったんだ。


 さあ帰路につこう。公園を元にもどり阪堺電車上町線「住吉公園駅」に行く。高架の南海本線横に立つ小さな駅だ。駅前は住吉大社への参詣道となっているのでいろんなお店がある。


 天王寺駅前駅に向かうチンチン電車が入ってきた。ここは、先ほども触れたように阪堺電車上町線の「住吉大社駅」と阪堺線の「住吉鳥居前駅」。南海本線住吉大社前駅」の3つの駅が並ぶので便利な路線にどうぞ。本日の「歩紀」3時間。