野里町歩紀

月1回のペースで大阪近郊の「野」「里」「町」を歩きます。そして合間にちょっと気になったことや世情について思いつくままつぶやきます。ただ論争は好みません。

桜の大川に沿って

訪問日:平成22年4月4日(日)
出 発:地下鉄「天満橋駅
到 着:地下鉄「天満橋駅


 琵琶湖を源流とする淀川は、途中、毛馬において新淀川と旧淀川に分かれる。旧淀川は「大川」と呼ばれ、大阪市内を流れながらいくつもの運河に名を変え、大阪湾(港)へと注ぐ。桜宮と呼ばれるとおり、桜が満開の大川を天満橋から毛馬まで往復する。
 平坦な川岸を歩く。トイレ、給水には困らない。(歩行距離11キロ)

 坂本龍馬も京と浪花を往復するのに何度も利用した「八軒家の船着き場」。当時の船着き場跡碑が大川から南へ100mほど離れた土佐堀通沿いの昆布屋さんの前に立つ。


 そのすぐ上流に「天満橋」はある。地下鉄「天満橋駅」から上がってすぐの天満橋を渡り、右岸沿いから上流に上る。


 川面には「アクアライナー」と呼ばれる水上バスが浮かぶ。この船は大阪市営の観光船で大川を周遊する。


 桜のシーズンともなると屋形船や多くの遊覧船が大川を行き来する。遠景は「大阪ビジネスパーク(OBP)」の高層ビル群。


 平成の「船遊び」。昔から続けられいるのだろう。


 満開の桜。説明はいらない。


 川岸にも多くの花見客が行き来する。


 いろいろな船が花見客を満載して浮かぶ。




 川崎橋という人道橋前に「造幣局」の南門がある。構内は「造幣局の通り抜け」で有名な花見スポットだが八重桜が中心であり、ソメイヨシノが満開の頃は、まだつぼみは堅い。


 遊覧船「ひまわり」。豪華な料理を楽しみながら花見ができる。


 「桜宮橋」。大阪では「銀橋」とも呼ばれ、昭和5年に架けられレンガ造りの橋塔が残る。並行して架かる「新桜宮橋」は平成18年建設で、安藤忠雄氏のデザインだという。


 桜宮橋を渡る国道1号線に橋塔の階段から上がる。わが国唯一の貨幣鋳造所である「造幣局」。明治4年の開設だ。


 造幣局から国道1号線をはさんだ向かい側に、当時「造幣寮」と呼ばれた造幣局の接待所である「泉布観」という明治4年建設の洋風建築の建物がある。重要文化財で毎年、春分の日前後の1回しか一般公開されない。


 そのすぐ北隣に同じく重要文化財の「旧桜宮公会堂」が建つ。玄関は明治4年の建築だ。泉布観同様、一般公開されていなかったので柵越しに見物した。


 泉布観を過ぎれば左に高層ビル群が見えてくる。「大阪アメニティパーク(OAP)」と呼ばれ帝国ホテル大阪や遊覧船の船着き場などがある。


 桜のトンネルを進む。


 OAPのすぐ北に源八橋が渡る。ここは、かつて「源八渡し」があったところで碑が残る。


 源八橋のすぐ北をJR大阪環状線が渡り「桜ノ宮駅」がある。


 川面まで垂れ下がる桜。


 満開の桜をバックに屋形船が休む。


 しばらく単調な川沿いの道が続く。大川は国土交通省では「旧淀川」が正式名称のようだ。


 毛馬橋から北を望むと「毛馬排水機場」(左)と「毛馬閘門」(右)が見える。ここが新旧淀川の分岐点だ。


 すぐ前は船溜まりになっており、たくさんの船が繋がれている。


 閘門とは、高低差がある川を船が通行できるようにする施設。「旧毛馬閘門」は明治40年に完成。その後、幾度かの新改築を経て、昭和52年に閉鎖された。旧閘門の水路が史跡公園として残されている。


 現在は、新しい閘門が稼動する。


 水位の違いがわかるだろうか?


 水路内で船を固定させるための「係船環」跡。


 レンガ造りの施設が「明治」を感じさせる。


 閘門を越えれば広大な新淀川の河原に出る。「淀川大堰」という長大な洗堰が築かれている。洗堰とは水位を調整する施設だ。


 堤防の桜も満開だ。
 

 かつては川幅の狭い大川側に洗堰が設けられており、明治43年に竣工した「旧毛馬洗堰」が史跡として保存されている。

 
 この付近は「与謝蕪村」という俳人が生まれた地で句碑が建てられている。


 毛馬閘門でUターンし、大川の左岸を下流に向かって歩く。


 毛馬橋東詰にある「淀川神社」。現在の「淀川」は「新淀川」が流れる淀川区を指すが、かつての淀川本流である「大川(旧淀川)」沿いの都島区にも「淀川」の名が残っている。


 左岸も桜が満開だ。桜ノ宮は大阪でも有名な桜の名所だが、駅から近いことから多くの人が訪れる。それに加えて近辺から自転車で多くの花見客が訪れるのが他の桜の名所では見られない特長だろう。


 川面には多くの作業船が係留されている。結構、レトロな風景だ。


 桜の中を進む屋形船。


 右岸でくぐった「源八橋」を左岸でもくぐりしばらく進むと、桜ノ宮の地名の由来となった「櫻宮神社」に出る。天照大神を祭る。


 櫻宮神社前の川岸には「大阪市立大学漕艇部」の艇庫があり、その横に「青湾(せいわん)の碑」が建つ。明治頃まで大阪の人たちは大川の水を飲料水としており、とくにこの付近の水が清らかであり、豊臣秀吉茶の湯のため小湾を設けたことから「青湾」と名付けられたらしい。


 「青湾」を過ぎると左側に庭園が見えてくる。元男爵の「藤田邸跡」。


 旧藤田邸の蔵は、藤田家のコレクションを収蔵した「藤田美術館」として公開されている。


 コースも終盤に近い。藤田美術館と隣接して「大阪市公館」が建つ。昭和34年、藤田家跡に大阪市の迎賓館として建てられたものだ。


 川崎橋から左岸の桜を望む。


 陽もだいぶ傾いてきたが、まだまだ船遊びは続く。


 出発地点であった地下鉄「天満橋駅」に着く。京阪電車天満橋駅」もあり京都方面とつながる。本日の「歩紀」4時間。