訪問日:平成23年1月30日(日)
出 発:能勢電車「妙見口駅」
到 着:能勢電車「妙見口駅」
「大阪府豊能郡豊能町」の西地区。「妙見山」と並んで手軽な登山ルートとして親しまれている「高代寺山」に登る。西地区は「能勢電車」が通っているので大阪市内への通勤圏内であり「ときわ台」「東ときわ台」「光風台」「新光風台」という大規模住宅地が造成されている。しかし、これらの住宅地を除くとやはり田舎である。特に能勢町と違うところは、町の大部分が「山地」ということだ。
今回は山の中の古城「吉川城址」を経て「女人高野」「高野山に代わる山」と言われる「高代寺山」に登る。吉川八幡神社までは緩やかな里道を歩くが、神社から先は「登山」である。特に今回訪れた日は雪がうっすらと積もっていたので道も凍結しており、久しぶりにキャラバンシューズを履いた。妙見口駅前には、売店、食堂、自販機、駅トイレがあるが、山に入れば何もない。高代寺に湧き水がある。
妙見口駅を午前10時頃出発すれば、昼過ぎにはゴールできるので駅前で名物「猪味噌煮込みうどん」をいただくことにする。(歩行距離7キロ)
能勢電の終点「妙見口駅」。木造の小さな無人駅である。トイレは改札の外にあるので乗客以外でも使用可能だ。後ろに見えるのが今回の目的地「高代寺山」である。
駅前をスタート。右の建物は最近新しくできた「豊能町観光案内所」。左の赤いテントのお店がゴール後に食事をする「かめたに」というお店。このあたりで、レストランや喫茶店、料亭、栗園などを手広く経営している(ちょっと宣伝させてもらいました)。
駅前を出てすぐに分かれ道に出る。案内板は高代寺は左と表示しているが、これは直接登るコースだ。今回は吉川城址に立ち寄るので、そのまま真っ直ぐ進む。
なお、後ほど説明するが高代寺まで町石が置かれており、一つ目の「町石」がこの案内板のすぐ後ろ、川の護岸壁の上に立っている。
大きな屋根の民家の脇を通る。「紅葉の里山と能勢妙見」では、この民家の玄関先を通る。
15分ほど坂道を登ると「吉川八幡神社」との分岐点に出るので左折する。まっすぐ行けば妙見山への道だ。この田んぼは、春にはレンゲ、秋には彼岸花が美しい。今回はうっすらと雪化粧していた。
ほどなく鳥居の前に出る。手水舎のタオルが寒さのため凍っている。
「吉川八幡神社」の境内。社殿を左に見ながら進む。
すぐに登山道への案内板がある。あっという間なので足下を見ながら歩いていると通り過ぎてしまうので注意。
たぶんイノシシが掘り起こした跡だろう。
一本道で案内板もあるので迷うことはない。
途中振り返ると雪が残った「妙見ケーブル」の軌道が見えた。
台場クヌギと呼ばれる薪、炭用の枝を切った跡のクヌギの木が見られる。吉川城の強者たちが暖を取り、飯を炊いたのだろうか。
途中、「二の岩」「三の岩」への表示があり、その下に「何もない」と落書きがされていた。5分ほど道をそれて行ってみたが、よくわからなかった。この石がそうなのだろうか。結局見つけられなかった。とりあえず写真を撮っておいた(後の調べで、この岩は二の岩、三の岩とは関係ないことがわかりました)。
足下にゴロゴロと石が見えてくればまもなく頂上だ。標高366.8メートルの頂上に「吉川城址」があった。この城は戦国時代この付近で勢力を振るった「吉川長仲」という武将の出城で、居城は妙見口駅前の小高い山の上にあった「井戸城」だと伝えられている(おそらく善意で迂回路の案内板を架けられたのだと思うが、写真撮影にはちょっと邪魔かな?以前はなかったのですが)。
城址で休憩し高代寺に向かう。急な斜面を下ると鞍部があり「西ノ曲輪跡」と書かれていた。私はあまり城に関する知識はない。
少し進むと右手に台場クヌギの群生があったので、道をはずしたところ何やら穴を発見。よく見る炭焼き窯ではないようだ。かと言って獣の巣穴でもないようだ。自然の穴に手を加え氷室のようにして食料を貯蔵していたのだろうか。
尾根道をゆっくりアップダウンを繰り返す。この辺りは案内板も少なく、季節により道が雪や落ち葉、若草で覆われるので迷いやすい。基本的に尾根づたいに歩くので大きく高度を下げなければ大丈夫だろう。木に巻かれたテープを頼りに歩けばいい。
尾根が終わると「吉川小学校」方面への分かれ道に出る。「こんな山の中に小学校?」と思うかも知れないが、この坂道を下れば小学校の横に出る。案内板に従い高代寺方面(右)に向かう。そしてまたしばらく歩くと「黒川」方面への分かれ道があるので、案内板に従い高代寺方面(左)へと進む。竹藪を進むとお地蔵さんが現れる。そのお地蔵さんを過ぎれば右に「高代寺の五輪塔」がある。ここまで来ればもうすぐだ。
「高代寺本堂」。「真言宗御室派」の寺院で、1000年以上の歴史を有し「良寛」さんも訪れたという古刹だ。
本堂前の階段を下りると鐘楼がある。
境内を抜け進んでいくと「閼伽井御神泉」に出る。高代寺山の頂上は、ここからさらに800メートルほど進み、分譲霊園を過ぎて山の中に入ったところにある。標高488.9メートルの山頂には三角点があるが、横に大きなアンテナがあるだけで他には何もなく見晴らしも効かない。特に頂上を極めようとか、三角点を制覇しようという考えがないのなら、高代寺の本堂を頂上と思い下山してもいいのでは…(とりあえず私は頂上まで行ったうえでの感想です)。
御神泉には今も清水が湧いているが、井戸は封印されており、一段低いところにタンクを置いてパイプで水が引かれている。御神泉の前で猟犬を連れたハンターが立ち話をしていた。鹿の猟期には多くのハンターが入る。決して道から外れないこと。そして迷彩色系ではなく、派手なウェアーを着よう。水飲み場のすぐ前に下山口がある。
竹藪を抜け急な坂道を下っていく。湧き水と寒さによる芸術。
付近の山ではNPO団体により炭焼きや筍採取、棚田での米作りなどが行われている。
またこの道は、妙見口から高代寺までの参詣道である。途中には町石や地蔵などの石仏がたくさん見られる。

「六地蔵」。
冬の棚田。遠くに「東ときわ台」の町が見える。
下っていくと分かれ道に出る。「旧山下道」との分岐点だ。下に転がっているのは江戸期の「道標」だ。まっすぐ進めば、妙見口駅への近道で朝見た一つ目の町石のあった分かれ道に出る。右に曲がり旧山下道へと進む(写真は下方から見ているので左の方向)。
かつて吉川村(妙見口駅周辺)から大阪池田に出るには、明治に入り「花折街道(現在の国道477号線)」が通るまで、妙見道かこの旧山下道を通るしかなかったという。
旧山下道は、一旦「新光風台」の住宅地で途絶える。道自体は住宅地を抜けたところで再度出現し、尾根を下って山下の町で能勢街道(現在の国道173号線)に交わる。今回は旧山下道には抜けず、ここを左折して新光風台、ときわ台の外周道路を通り妙見口駅へと向かう(上の山道から下りてきて舗装道を左折~写真では右~する)。
坂を下りたところで「能勢電車」の線路と合流する。すぐ右に「ときわ台駅」が見える。この駅をゴールとしてもいいのだが、今日は「猪味噌煮込みうどん」を食べなければならないので左折し、妙見口駅まで一駅戻る。初谷川沿いの林間道は近所の人たちのウォーキングコースだ。
能勢電車の踏切を渡る。
さらに進むと突然景色が開ける。吉川の集落だ。中央左の山が「吉川城址」。その左に続く尾根道を歩いたのだ。妙見口駅に到着目前の能勢電車が走る。鉄道が通っているとはいえ「田舎」だ。右に見える寺の裏山に吉川氏の居城「井戸城」があった。遺構らしきものが残るらしいが今は「大自然天地日之大神教」という宗教団体の敷地となっており、立ち入ることはできない。田んぼを抜け、この寺の前を通って妙見口駅に向かう。
妙見口駅のすぐ手前に橋が架かる。「城之下橋」という名のとおり右の山上に「井戸城」はあったのだろう。
数十歩で妙見口駅に着く。「かめたに」で「猪味噌煮込みうどん(1575円)」を注文した。
本日の「歩紀」2時間30分。