野里町歩紀

月1回のペースで大阪近郊の「野」「里」「町」を歩きます。そして合間にちょっと気になったことや世情について思いつくままつぶやきます。ただ論争は好みません。

忍者の里を歩く2~「甲賀」から「信楽」ずぼら歩紀~

訪問日:令和7年7月12日(土)
出 発:JR「寺庄駅
到 着:信楽高原鐡道「紫香楽宮跡駅

 第2回目は「甲賀流」。前回訪れた「伊賀」からはひと山越えたところにある「甲賀」を訪ね、その後タヌキで有名な陶芸の里「信楽」を歩きます。暑くなってきましたね。一応、午前・午後のフルで歩くのですが、熱中症対策のため途中の移動は公共交通機関を利用する「ずぼら歩紀」です。後半の信楽はあえて脇道にそれるのでトイレ・自販機がありません。さあ今日も歩くぞ「ニンニン」。


 今日のスタートはJR草津線の「寺庄(てらしょう)駅」。大阪駅から草津駅経由で約1時間40分(1690円)。改札を出たところは南口できれいなトイレがあります。跨道橋で北口に回りましょう。何もないローカル駅ですが自動販売機があるので給水は可能です。午前8時45分、ちょっと早めの出発です。ここは「滋賀県甲賀市」。ひと山越えただけですが、ここは滋賀県なんですね。「こうか」と読みます。

 

 今日の野里町歩紀です。私は決してマッチョではありません。ただ見る人が見ればわかると思いますが結構鍛えられています。

 駅前ロータリーを北に進み広い道に出れば右へ。しばらく歩くと左に「日吉神社」。やはり滋賀県ですね。

 

 いつものように今日一日の安全を祈願しましょう。

 

 参拝を終え先ほどの広い道を渡ります。燈籠が並ぶ参道を真っ直ぐ進み草津線の踏切を越えれば鳥居が立ちます。日吉神社の「一の鳥居」です(この写真は振り返って撮っています)。

 

 鳥居をくぐって右へ曲がり300mほどで角に駐在所がある交差点に出ました。この交差点、緩やかにカーブする道が交わるのでグーグルマップで見ると手裏剣のよう見えますよ。さすが忍者の里ですね。(午前9時)

 

 こんな形です。

 

 そして駐在所の対角線上には二層の立派な地蔵堂。江戸時代に建立された「六角堂」と言うそうです。地蔵堂の向かいには東屋の休憩所と公衆トイレがあります。

 

 交差点を渡って真っ直ぐ進めば左にレトロな建物が。大正14年に建てられた旧滋賀銀行甲南支店です。

 

 琵琶湖一周歩紀でもよく登場しましたが、この建物は滋賀県で生涯を閉じたアメリカ人建築家「ヴォーリズ」によって建てられました。素晴らしいですね。

 

 5~6分歩くと右に洋装店がある交差点に出るので左に曲がり金太橋という橋で「杣川」を渡ります。「そまがわ」と読みます。

 

 真っ直ぐ進めば「野尻西交差点」。左にはホームセンターや大きなスーパーマーケットがありますが、用事がなければ右へ曲がりましょう。県道を進めば次の「竜法師交差点」に出ます。ここも右にスーパーマーケットやマクド、ファミレスなどがありますが用がないので左に曲がります。結構早い時間から開いていますよ。

 

 交差点から少し歩けば左に甲南情報交流センター「忍の里プララ」。甲賀市立の地域交流センターですが、館内にある「甲賀流リアル忍者館」は午前10時からなので先に進みます。

 

 忍の里プララのすぐ先に公衆トイレがある駐車場に出ました。これから訪れる忍者屋敷の第2駐車場です。ただ、できればこのトイレではなく忍者屋敷前のトイレを使用して欲しいとのことです。

 

 案内表示に従い進めば「甲賀流忍者屋敷」。茅葺きの立派な屋敷です。(午前9時30分)

 

 これは甲賀流忍者望月家の旧本家で江戸時代に建てられた本物の忍者屋敷だそうです。午前9時30分からのオープンです。私がトップ。入館料750円を払って入りましょう。

 

 まず10分ほどのビデオを見ます。その間、忍者愛用の「健保茶」を飲みましょう。無料です。熱かったですがクーラーが効いていたのでちょうど良かったです。

 

 ビデオが終われば見学です。望月家は有事に備え、本家にも「どんでん返し」や「からくり窓」「落とし穴」などを作ったといわれ、それらの実物が展示されています。

 

 元は薬商だったそうです。「忍者」は史実では奥深いものがあり、小説やテレビ・映画・アニメなどで描かれている忍者とは異なる面も多いそうですよ。

 

 甲賀武士団の一員で夜襲などを得意とし、その後「甲賀流忍者」として江戸時代まで活躍しました。

 

 実物の隠し階段で二階に上がります。

 

 移動中も戦いに備え、刀が掛けられています。

 

 見張り窓。

 

 屋敷内は一方通行です。反対側の隠し階段から下りましょう。

 

 30分ほど見学し、忍者屋敷を後にします。忍者屋敷東側の道を北に進みます。滋賀県発祥の「飛び出し坊や」もニンニン。

 

 幼稚園がある四つ辻に出るので左折。途中、二又を右に進めば「新宮神社」の社号標。左へ入ります。

 

 そこには「新宮神社表門」。美しい茅葺きの建物です。(午前10時8分)

 

 室町時代に建立されたという門は国の重要文化財に指定されています。

 

 奥の本宮にもお参りします。

 

 あっという間に「忍者の里歩紀」は終りました。良いんです私の目的は「歩紀」なのです。次の目的地へ向かいましょう。さっきの幼稚園のある四つ辻まで戻り左に曲がります。「野田交差点」で県道を渡り少し進めば右に「太神宮常夜灯」。説明文を読むと伊勢講の方々により文政4(1821)年建立されたそうです。

 

 そのまま進んで杣川を越え、突き当りを右に曲がり集落を抜けます。八幡神社があったのでお参りします。

 

 午前11時。JR「甲南駅」に着きました。今朝下車した「寺庄駅」のひとつ草津寄りです。改札を入る前にトイレと自販機があります。今日は「ずぼら歩紀」なので午前11時15分発の電車に乗ります。

 

 次の「貴生川(きぶがわ)駅」で下車(約3分、150円)。この駅は北から近江鉄道。南から「信楽高原鐡道」と交わりますが、信楽高原鐡道とは同じホームを使っています。鉄道の「鉄」は旧字体を使っているんですね。

 

 午前11時24分発の信楽高原鐡道に乗り換えるのですが、同じホームを使っているためカードリーダーにタッチしてイコカにJRからの出場記録を打刻します。料金は途中駅で下車する場合、運転手さんに渡し、終点の信楽駅では改札で駅員さんに支払います。小銭の用意を。

 

 信楽高原鐡道は旧国鉄から第三セクターを経て民営化されました。「国鉄」「第三セクター」どちらも懐かしい言葉ですね。そんなことを口走っている自分自身が「昭和の遺物」でしょうか。

 

 途中、外国人グループが下車する際、料金支払いシステムが理解できず運転手さんが対応したため3分遅れの午前11時51分(470円)、終点の「信楽(しがらき)駅」に到着しました。さあ「陶芸の里歩紀」の始まりです。

 

 駅前には「信楽伝統産業会館」。信楽焼の由来などを伝える甲賀市立の観光案内施設です。

 

 無料で見学できます。そしてクーラーが効いています。

 

 そのまま真っ直ぐ進めば「信楽駅口交差点」の向こうに鳥居が見えました。「新宮神社」。紫香楽一乃宮で素戔嗚尊など古い神様を祀ります。お参りしましょう。これは私にとっては大切なことなのです。

 

 信楽駅口交差点まで戻り左へ。この道は国道307号線。以前、湖東三山歩紀で「金剛輪寺」から「西明寺」まで歩いた「近江グリーンロード」です。時間は。

 

 良い時間です。目の前に「本格さぬきうどん亀楽屋」がありました。ここで昼食としましょう。

 

 「近江牛ぶっかけうどん(冷)」(税込1650円)を注文しました。私は「そば」「うどん」で言うと「うどん派」なのです。関西人ですから。

 

 食事を終え午後0時40分再出発。国道に沿って右(北)へ進みます。消防署の前を過ぎると小さな峠に入ります。おっと、右から飛び出し坊やが出てきました。

 

 峠を越えれば「陶芸の森交差点」。ここは「滋賀県立陶芸の森」。一日かけて家族連れで遊ぶのに良い施設です。私も長女が小さいころ連れて来たことがあります。図工が好きだった長女も陶芸体験をしました。今は40前の娘が一生懸命粘土をこねていた姿を思い出しました。

 

 信楽焼と言えば「タヌキ」が有名です。これは昭和天皇信楽を訪れた際、日の丸を持って出迎えたタヌキの置物に感動して歌を詠まれたことから一躍脚光を浴びたそうです。

 

 天皇陛下の一言って大きいですからね。以前、昭和天皇が記者会見で「いつもどんなテレビ番組を観ていますか」と聞かれ「放送会社の競争が激しいので……」と返した語録は有名ですね。「昭和の遺物」の独り言です(笑)

 

 国道沿いには立派な茅葺きが3棟並ぶ窯元が。ここは食器専門の陶芸店のようです。(午後0時55分)

 

 ちょっと買い物をしました。その先で右に入り田んぼを抜け小さな橋で「大戸(だいど)川」を渡ります。すぐ右に折れれば踏切があります。踏切の向こうには「玉桂(ぎょくけい)寺」への案内看板がありました。小坊主さんが案内しています。600m。私の足では5~6分です。(午後1時23分)

 

 少し歩くと何やら大きなコンクリートの塊が。案内板を見ると「第一大戸川橋梁標準桁」というそうです。私は鉄道に関する知識がないので説明文の内容はよくわかりませんでしたが「国の重要文化財」に指定されているそうです。

 

 そのすぐ先に信楽高原鐡道の「第一大戸川橋梁」。昭和8年に開通した旧国鉄の橋梁が戦後豪雨により流出したことから昭和29年8月に再建。先ほどの標準桁とともに国の重要文化財に指定されています。

 

 川に沿って歩くと上に鉄製の吊り橋が。

 

 すぐ先に「保良の宮橋」という案内表示があったので入ってみました。大戸川と田んぼの向こうに「玉桂寺前駅」が見えます。どうやら川の対岸にある駅から玉桂寺を結ぶ橋のようです。

 

 川沿いの道に戻れば赤い橋が見えました。「玉桂寺」です。弘法大師と縁のある古刹でわが家と同じ宗派である「高野山真言宗」と言うよりも「ぼけ封じ」のご利益があるようです。お参りせねば。(午後1時32分)

 

 往路の車窓からも見えていたのですが、大きな不動明王像が立つ立派なお寺です。

 

 「ぼけ封じ観音」に手を合わせます。そんな年になってしまいました。

 

 お参りを終え先ほどの踏切まで戻ります。その時、踏切の警報音が鳴り出しました。急いで橋梁まで戻ります。重要文化財を渡る信楽高原鐡道です。

 

 踏切を左に見ながら直進します。この辺りは「勅旨(ちょくし)」という集落のようです。歴史的ないわれがあるのでしょうね。

 

 右には「天神神社」が現われました。お参りしましょう。私は神社が大好きなのです。(午後1時52分)

 

 鳥居をくぐり真っ直ぐ進めば右に注連縄が掛けられた「天神神社の杉」。推定樹齢600年。樹高40mの大木です。

 

 「てんしん」と読み「天神様(菅原道真)」ではなく造化三神の一柱「高皇産霊尊タカミムスビノミコト)」をお祀りします。

 

 参拝を終え集落を進みます。右に「八幡神社」がありました。お参りしましょう。左に少し入った「勅旨駅」の前には公衆トイレがあります。

 

 さらに進んで行けば「八坂神社」。小さな神社ですがお参りします。

 

 途中道が分かれますが右へ。集落をさらに進み「岩倉川」を渡ります。ずっとこんな道が続きます。

 

 その先で信楽高原鐡道のガードをくぐれば右に「日雲神社」。もちろんお参りしますよ。(午後2時27分)

 

 涼しげな参道を進みます。青モミジがきれいですね。

 

 この神社は信楽高原鐡道が横切るため境内に踏切があります。ただし遮断機はありません。左右を確認して渡りましょう。

 

 ここも立派な神社ですね。高天原に一番最初に現れた造化三神のトップ「天御中主尊(アメノミナカヌシノミコト)」をお祀りします。社殿前には「国の登録有形文化財」のプレートが。

 

 参拝を終え、鳥居を背に集落を抜ければ突き当りに「鹿島神社」。今日最後の神社でしょうか。

 

 社殿の左横には「昭和水害之碑」が立っていました。裏の碑文を読むと昭和28年8月15日と9月25日の2回にわたり、暴風雨に伴う川の氾濫や土砂崩れにより多くの人が亡くなる大災害があったそうです。碑の後ろに見える「信楽大橋」で大戸川を渡ります。

 

 橋を渡り田んぼの中をショートカットして先に見える国道307号線(近江グリーンロード)と合流、右に曲がります。国道でもう一度大戸川を渡れば前方にファミマが見えてきます。給水しました。

 

 ファミマの手前を左に入りましょう。そのまま進めば風雨にさらされ見えにくいですが左に「紫香楽宮跡碑」が立ちます。左の小径入って行きます。(午後2時58分)

 

 ここは「紫香楽宮跡」です。きれいな公衆トイレはありますが、平城京難波宮などのように整備された史跡公園にはなっていません。森の中に佇みます。

 

 コンクリートのゆるい坂を上れば「中門跡」。紫香楽宮(しがらきのみや)とは奈良時代、現在の京都府木津川市にあった「恭仁京」に都を置いた聖武天皇離宮として造営し、その後一時遷都されました。

 

 さらに進めば「金堂跡」と刻まれた石碑の周りにたくさんの礎石が並び、中央部には小さな社が立ちます。

 

 そして奥の一段高い所には「講堂跡」。本堂や金堂は仏様を祀る祭祀施設。講堂は寺院や宮殿で重要な集まりや講義、儀式などを行うところです。今そういう施設を講堂と呼ぶのは学校だけでしょうか。

 

 この辺りでは他にも「僧房」の礎石や瓦なども発掘されており、離宮の中心部と見られることから「内裏野地区」と呼ばれています。しかし1000年以上過ぎると完全に自然に戻っちゃうんですね。

 

 宮跡を通り抜け北側から出ればクマザサに埋もれていますが、そこにも「紫香楽宮跡碑」が立ちます。

 

 そして集落を抜ければ「黄瀬交差点」。右へ曲がります。すぐ右には「鍛冶屋敷地区」。造営に際し、仏像や梵鐘を鋳造するところだったようです。間もなくゴールです。(午後3時24分)

 

 インターチェンジ料金所から新名神高速道路本線への進入路をくぐり、突き当りの「隼人川交差点」を渡ってから右へ曲がります。この道は「近江グリーンロード」ですが歩道はあります。

 

 やがて「信楽IC口」の三叉路へ。そこから左側を覗き込めば線路脇に「正面衝突事故現場碑」と「安全の碑」。信楽高原鐡道と聞いて絶対に忘れてはいけないのが「信楽高原鐡道列車衝突事故」です。(午後3時31分)

 

 平成3年5月14日。信楽で開催されていた「世界陶芸祭」の見学者で満員の列車が、JR列車との正面衝突事故を起こし42名の方が亡くなられました。現場の奥には「信楽高原鐡道列車衝突事故慰霊碑」が建立されています。「合掌」

 

 近江グリーンロードに戻り先に進みますが、ここからは歩道がなくなります。注意して歩きましょう。

 

 しかし数分でこの標識が現われました。左に入ります。

 

 午後3時42分、本日のゴール信楽高原鐡道「紫香楽宮跡駅」に到着しました。駅前駐車場にトイレと自販機があります。30分ほど時間があるので木陰で着替えをし、給水とクールダウン。

 

 本日の歩紀「28419歩」(19.32km)。途中、鉄道を利用したことや何といっても「高原」。都心のような灼熱地獄でなかったことから熱中症にもならず何とかゴールすることができました。午後4時13分発の電車に乗ります。券売機のない無人駅のため車内で整理券を取り、降車の際運転手さんに料金を渡します。小銭の用意を。

 

 なお今回から「ひとり打ち上げ」はありません。どの政権になっても急激な景気回復は望めないでしょう。ましてや現政権であれば再び「増税」「社会保障削減」「値上げ」。爺は家に帰って缶チューでも呑みます。毎回楽しみにしている昼食も私にとっては「忍者飯」であるおにぎりになるかも知れません。