野里町歩紀

月1回のペースで大阪近郊の「野」「里」「町」を歩きます。そして合間にちょっと気になったことや世情について思いつくままつぶやきます。ただ論争は好みません。

ずぼら歩紀~「朝護孫子寺」と信貴・高安~

訪問日:令和7年8月31日(日)
出 発:近鉄電車「信貴山下駅
到 着:近鉄電車「信貴山口駅

 今日の大阪の最高気温は37.8度。いつまでも暑いですね。今回は生駒連山のひとつ「信貴(しぎ)山」。大阪・奈良府県境のやや奈良県寄りにある標高430mほどの低山です。その山頂付近一帯に広がる信貴山真言宗総本山「朝護孫子寺」にお参りします。いのちを守るため門前までバスを利用し、その後はバスとケーブルカーを乗り継いで下山する「ずぼら歩紀」です。ただ境内は広いうえ、結構高低差があるのでしっかりとした足元で歩きましょう。適度な給水も。給水・トイレの心配はありません。


 今日のスタートは近鉄生駒線信貴山下駅」です。午前9時43分到着。JR大阪駅から「王子駅」を経由して約50分(760円)で着きました。以前「龍田古道」を歩いた時にも立ち寄りました。今日も元気に出発です。ここは奈良県生駒郡三郷町

 

 かつてここから信貴山上まで近鉄東信貴鋼索線というケーブルカーが通っていましたが、昭和58年廃線になりました。大正11年5月に開業した古いケーブル線です。駅前には当時使用されていた「コ9形9」と呼ばれるレトロな車両が展示されています。

 

  バスが走るこの直線道路も元ケーブル軌道だそうです。看板にある「西和清陵高校」の校門前から廃線を利用した直線的なハイキングコースになります。

 

 この「殺人的」な暑さがなければ歩いたのでしょうが、今日は「ずぼら歩紀」。駅前から午前9時35分発の奈良交通バスに乗ります。「PiTaPa」「ICOCA」が使えます。


 10分(260円)ほどでバスは「信貴山バス停」に到着しました。このバス待合所はかつてのケーブル線「信貴山上駅」の駅舎だそうです。(午前9時45分)


 待合所の裏が参道です。「ちょうごそんしじ」と読みます。「朝廟安穏」「守護国土」「子孫長久」から名付けられたそうです。


 バス道である県道を横断して進みましょう。立派な旧家が残ります。旅館跡でしょうか。


 狭い参道を進めば旧家を利用した飲食店も。この辺りから奈良県生駒郡平群(へぐり)町に入っています。


 右にたくさんのお地蔵さまが見えてきました。「千体地蔵」です。


 いわゆる「子安地蔵」。元気な孫が授かるようお参りしました。


 その先には「仁王門」。金剛力士像が睨みを利かせます。宝暦10(1760)年に再建され、明治の大修理の後、大正11年ここに移築されたそうです。(午前9時56分)


 さらに進めば右に「猪上(いがみ)神社」。朝護孫子寺の境内に鎮座する式内社だったそうですが、明治の神仏分離令により転々とした後、大正11年ここに遷座したそうです。これからお寺にお参りするのですが、今日一日の安全を祈願しましょう。


 その先には境内図。5番の「奥之院」と6番の「空鉢護法堂」がややキツイです。


 鳥居をくぐれば右に「絵馬堂」が見えてきました。古い建物ですね。自動販売機がなければもっとクールなんですが。


 もうひとつの鳥居をくぐれば右に大きな張子の虎が。「大寅」。「世界一福寅」とも呼ばれます。酔っ払いではありませんよ。向こうに見えるのは「本堂」です。


 約1400年前、信貴山聖徳太子毘沙門天様に戦勝祈願をし、ご感得をされたのが「寅の年、寅の日、寅の刻」だったということから当寺は「寅の寺」とも呼ばれ、お寺のシンボルにもなっています。阪神ファンにとっては聖地だそうですが、私には関係ありません。


 手前に鳥居が並びます。入って行きましょう。


 突き当りには「劔鎧護法堂(けいがいごほうどう)」。こちらは約1000年前、醍醐天皇が病気平癒を祈願されたことから無病息災・病気全快にご利益があるとされています。(午前10時9分)


 大寅まで戻り「赤門」をくぐります。寛政5(1793)年の再建だそうです。門の前には「ミニ寅」がありました。


 朝護孫子寺には3つの「塔頭(たっちゅう)」があります。赤門をくぐれば二手に分かれるのでまず右に入り、1つ目の塔頭である「千手院」に向かいます。


 参道からそれ、右の小さな門をくぐると…。


 寅が口を開けていました。食われましょう。


 中は真っ暗。千手院の「胎内くぐり」です。出口にも寅が。吐き出されました。


 最も古い塔頭護摩堂には毘沙門天王が祀られ、商売繁盛・開運厄除などのご利益があるそうです。


 奥には「銭亀堂」。右の石臼に財布をのせて3回まわしましょう。良いことがあるようですよ。


 赤門まで戻り今度は左へ。鳥居をくぐれば右に「千手の公孫樹(いちょう)」。説明文を読むと樹齢500年。中国産の品種で日本ではここと宮崎県高千穂の岩戸神社にしかない珍しいものだそうです。枝ぶりが千手観音のように見えることからこう呼ばれています。


 「かやの木稲荷大明神」の前には「聖徳太子御像」。朝護孫子寺は、聖徳太子物部守屋との戦いに際して戦勝祈願し、ご感得されたことからこの山を「信ずべき貴き山」と呼び、ここにお寺を開いたのが始まり。つまり聖徳太子ゆかりのお寺でもあるのです。


 その先には「本坊」。


 小さな池に「宝寿橋」という石橋が架かります。


 そのまま進めば2つ目の塔頭「成福院」です。


 お堂の前には「寅柄」の郵便ポストがありました。


 四国八十八霊場のお砂を踏みながら進みます。


 突き当りには「弁才天」。


 右に曲がれば「三宝堂」。台所の神様である荒神さんが祀られています。上には多宝塔が頭をのぞかせています。


 真っ直ぐ進み鳥居をくぐりましょう。「水場」がありました。これは手水舎であるとともに、この後訪れる「空鉢護法堂」には水場がないため、ここで備え付けの水缶に水を汲むところでもあります。


 目の前には「本堂」が見えます。再建、改築を繰り返しましたが昭和26年に焼失。その頃、高野山真言宗から独立。昭和33年に再建されました。(午前10時34分)


 清水寺のような大きな舞台になっています。


 奈良方面の素晴らしい眺めが開けます。東に向いていることからご来光を拝むことができるそうです。


 本堂には、ご本尊である「毘沙門天王像」がお祀りされています。


 朝護孫子寺には特に拝観料や入山料はありませんが、ここで200円を納めれば「戒壇巡り」ができます。戒壇巡りとは約900年前、覚鑁上人が当山に籠って修行されたとき、本堂の地下に毘沙門天王より授かった「如意宝珠」をお祀りしたのですが、その宝珠を納める錠前に触れれば新願成就のご利益があるというものです。真っ暗な中、右手で右の壁を辿りながらゆっくりと進みますが、参拝の仕方は受付の方が丁寧に説明してくれます。


 本堂前からの眺め。境内というより「宗教都市」ですね。


 「経蔵堂」の奥には「霊宝館」。拝観料300円(JAF会員割引200円)です。寺宝の展示施設ですが、朝護孫子寺が所蔵する「信貴山縁起絵巻」という国宝の複製が展示されています。原本は奈良国立博物館に寄託されているのですが公開されていないので、複製とはいえここでしか見られません。写真撮影はできませんが、クーラーが効いていました。


 本堂でのお参りを終え、先ほどの水場で水缶に水を汲んだ後、すぐ上にある「虚空蔵堂」にお参りします。入試合格・学業成就にご利益があるそうです。


 その先には「鐘楼堂」。貞享4(1687)年再建されたそうです。


 向かいには先ほどチラっと頭をのぞかせていた「多宝塔」。こちらは元禄2(1689)年建立。明治に修復されています。


 多宝塔の右から「奥之院」への道が続きます。(午前11時3分)


 アップダウンのあるこんな道が続きます。


 途中、左に何やらお堂やこんな石標が立ちますが、無視してどんどん進みます。


 池に突き当たれば右へ。案内標識はありません。


 この先も左に脇道が現れますが、無視して真っ直ぐ進みます。ところどころこんな標識がありますが、分岐点に立っていないので役に立ちません。


 突然「信貴フラワーロード」という広い道が横切りますが、案内標識はありません。おそらく「普通の人」の参拝は想定していないのでしょう。私は「変人」ですから。


 フラワーロードを渡って坂を下れば左に道が現れます。入って行けば「奥之院」の標識。もっと先に出してよ。


 この先にも別のお寺がありますが、標識もないので丁石を見ながら真っ直ぐ進みます。


 やっと「奥之院」に着きました。多宝塔から約30分かかりました。(午前11時30分)


  ここが一番最初に毘沙門天様が降臨した場所だそうです。


 同じ道を戻ります。フラワーロードの脇に自動販売機があったので給水。結構日射しはきついです。熱中症警戒アラートが出ています。


 多宝塔まで戻りました。今度は左の「空鉢護法参詣道」に進みます。(午後12時1分)


  石段を上れば「行者堂」がありますが、その前には「坂の六丁」の石標。600mちょっとです。


 ただしずっと上り坂です。奥之院まで往復1時間、約4km歩いた後なので、結構厳しいです。


 先ほどの「戒壇巡り」では受付の人が「戒壇とは修行のことです」と言ってましたが、こちらの方が修行です。


 水場で汲んだ水缶は1Lほどの水が入るので結構重たいうえ、取っ手が細いので指に食い込みます。しかし、タオルを使ってこのように持てば大丈夫。これは災害時のマニュアルでもあります。一応、私は防災士です。


 信貴山は「雌嶽」「雄嶽」のある夫婦山なんですね。


 丁石だけが折れかけた心を癒してくれます。あと約200m。


 途中、「信貴山城址」への案内標識が現れますが、そのまま鳥居のトンネルを進みましょう。するとすぐ右に「信貴山城址」碑。信貴山城は標高433mの信貴山雄嶽一帯に築かれた山城です。横の説明板はほとんど読めませんが、ネットで検索すると信貴山は河内と大和との国境であったため古代より幾度も築城され、戦国時代に入城した松永久秀織田信長に背いたことから天正5(1577)年に落城。山中には今も多くの遺構が残っているそうです。


 そしてその先に「空鉢護法堂(くうはつごほうどう)」。(午後12時21分)


 本堂前の水場で汲んできたお水をお供えします。一願成就のご利益があるそうです。なお、この水缶は元の水場に戻さなければなりません。


 ここからの眺めも素晴らしいです。ここは「信貴山」の頂上なのです。金剛葛城の山々が見えます。おそらくですが、目の前のドーム状の山が雌嶽です。ただ私は東大阪市に住んでいましたが、信貴山を登山の対象として見たことはないですね。お寺です。


 お参りを終え長い階段を下って行きます。帰りは一度通った道であることと下り坂なので気持ち的に楽ですね。ただ下りは膝と足首に来るので気をつけましょう。特に高齢者は。


 往復35分ほどで行者堂まで戻りました。本当は右へ行きたいのですが、水缶を返さなければならないので先ほどの本堂前まで戻ります。(午後12時35分)


  水缶を返し、行者堂まで戻ってまっすぐ進めば3つ目の塔頭「玉蔵院」です。三重塔と日本一大地蔵尊が建ちます。


 地蔵尊前の階段を降り、案内に従って進めば「開山堂」。朝護孫子寺敏達天皇11(582)年、聖徳太子の開基と伝わりますが、延喜10(910)年、「命蓮上人」により中興。醍醐天皇より「朝護孫子寺」という勅号を賜りました。聖徳太子弘法大師とともに中興の祖である命蓮上人をお祀りします。


 先ほど通り過ぎたのですが、開山堂裏には命蓮の墓と伝わる「命蓮塚」。国宝「信貴山縁起絵巻」は、命蓮の行を描いたものだそうです。


 開山堂前の石段を下って行きます。


 今朝通った「絵馬堂」前に出ました。これで朝護孫子寺を一巡したのではないでしょうか。これでほぼゴールです。なお、奥之院はパスしても良いでしょう。往復で1時間と4kmが省略できます。空鉢護法堂の水缶も無理しなくて良いですよ。(午後12時53分)


 鳥居をくぐれば、今朝通った時はまだ閉まっていましたが「信貴山観光iセンター」。観光案内所兼お土産屋さん兼喫茶コーナーです。


 その向かいには「曽我乃家本店」というまんじゅう屋さん。門前のこういうお店、私は好きです。大正4年創業だそうです。


 すぐ先には赤い欄干の橋がありました。「開運橋」です。

 谷を堰き止めて造られた「大門池」に架かります。昭和6年の竣工で国の登録有形文化財に登録されているそうですよ。


 橋の中央では何と「開運バンジー」というバンジージャンプができるようです。「運だめし」のバンジージャンプとはすごいですね。


 橋から下を眺めれば「信貴大橋」という赤いアーチ橋が見えます。実は私が小さい頃(昭和45年前後かな)、親に連れられて信貴山に来たことがあるのですが、カメラ小僧だった私は愛機の「コニカ」で同じ場所から写真を撮っているのです。


 これがその時の写真です。平成25年「大門ダム」が完成し、ちょっと池が広がったんですね。


 開運橋を渡れば時間は。ちょっと遅めの昼食としましょう。


 橋を渡ってすぐ左に「お食事処松月」。こういうお店も大好きです。入りましょう。


 窓からは大門池と信貴大橋が望めます。特等席ですね。


 こういう店の定番はうどんかそば。暑いですが「山菜うどん」(900円)を注文しました。あれ?右に何か付いてますね。たくさんの仏様を回ったので「罰」は当たらないでしょう。


 食事を終え午後1時25分出発。茶屋や料亭を右に見ながら真っ直ぐ進めば、大きな観光ホテルがあり宿泊や日帰り旅行も楽しめるようです。私も職場のレクレーションで日帰り温泉に来た記憶があるのですが、このホテルだったのでしょうか。


 実は信貴山には温泉が湧き、ホテルの前には「信貴山温泉泉源地」。聞いた話では信貴山は「死火山」らしく、麓にもいくつか温泉が湧きます。


 ホテルの玄関前を真っ直ぐ進めば近鉄奈良交通の「信貴山門バス停」。ここは往路で乗った奈良交通バスの終点でもあります。30分ほど時間があるので、汗を拭きクールダウンしましょう。(午後1時39分)

 午後2時10分発の近鉄バスに乗ります。運賃は280円。「PiTaPa」と「ICOCA」が使えます。


 7分ほどで有料のドライブウェイである「信貴生駒スカイライン」を通って着いたところは近鉄西信貴ケーブル線「高安山駅」の駅前。ケーブルの発車までは8分あります。ここは大阪府八尾市。


 バスロータリーの前にある「高安山展望台」へ行ってみましょう。高安山の山頂(標高488m)自体はもう少し北側にあるのですが、高安山信貴山同様、登山の対象として見たことはありません。ここを山頂と思ってもいいのでは。それよりも先ほどの信貴山城や日本書紀にも出てくる幻の「高安城」など歴史ファンや古城ファンにとっては魅力的なところかも知れませんね。


 ここからは大阪平野の景色が楽しめます。遠くに「アベノハルカス」が見えます。車でも来られるので「100万ドルの夜景」も素晴らしいですよ。


 かつてここから朝護孫子寺まで近鉄電車が走っていたそうです。バス乗り場の奥には当時のホーム跡が残っていました。


 山の上まで車両を運んだなんてすごいですね。


 さあ高安山駅から午後2時25分発のケーブルカーに乗ります。西信貴ケーブル線は昭和5年12月、先ほどお話しした鉄道とともに開業しました。昭和32年、鉄道は廃線になりましたがケーブルカーは健在です。「PiTaPa」と「ICOCA」が使えます。


 麓の「信貴山口駅」まで1.3km、高低差354mを7分(560円)で結びます。


 午後2時32分、本日のゴール「信貴山口駅」に着きました。改札を出ることなく、近鉄信貴線に乗り換えます。


 午後2時41分発の電車が入ってきました。2駅だけの短い支線です。「河内山本駅」で近鉄大阪線に乗り換え「鶴橋駅」を経由して大阪駅まで約40分(560円)。往復ともバス、ケーブルカー、電車の時間はうまく連絡されていました。


 本日の歩紀「15151歩」(10.30km)。曽我乃家さんで買った「寅まんじゅう」(1個150円)。広島の「もみじ饅頭」のような感じです。今年の「ずぼら歩紀」はこれで終わり。間もなく短い秋がやって来ます。